夏の終わり・・・

油彩画 「花火」

早いもので、8月も最後の週になってしまいました。
皆様にはお変わりないですか?
奈良県五條市にあるアトリエ付近では、早いもので蝉に変わってトンボが悠々と空を舞っています。
こうして季節が移り変わるたびに、アトリエの中を見渡してみると山本の手によって描かれた
四季折々の日本の風景が、手招きしているように思えます。
夏の終わりに、今日は未公開の作品をご紹介いたします。
山本が亡くなる最後に手がけた作品のテーマが「花火」でした。
自らの人生と重ね合わせたのでしょうか。

熱闘甲子園

今年も甲子園球場で熱い試合が連日行われています。
この時期になると、ガリガリ君片手に早起きをしテレビの前に陣取って
真剣な眼差しで球児たちの熱い戦いを見つめる山本の姿が思い出されます。
いえ、今もなおテレビ正面の定位置に座っている錯覚に陥ります。
今年は残念ながら奈良智辯高校の出場は叶いませんでしたが、
目をみはるばかりの試合展開、技術向上に驚いているに違いないでしょう。
生涯、スポーツの中で1番好きだったのは誰もが知っているところの野球でした。
しかしこの高校野球については、「好き」の部類とはまた違う人生を
見つめていたようにすら感じます。
お盆が過ぎ、ご先祖様たちが黄泉の国に帰られた今もなお、
この第99回高校野球が終わるまでは、自宅兼アトリエに留まっているのでしょうね。

アトリエへの階段 その2

初個展「山河有情展」ポスター

第2回「山河有情展」ポスター

さてさて、何やら写してはいけないものが写っているとご指摘をいただいた(笑)
アトリエへの階段を登ると、この2枚のポスターが貼られています。
山本集が、極道の世界から陽のあたる世界への第一歩を飾った個展「山河有情展」のポスターです。
場所は、マイドーム大阪。主催は、浪商野球倶楽部高志会となっています。
そうです、浪商野球部OBのみなさんが山本の晴れ舞台を用意してくださったのでした。
同級生、先輩、後輩に到るまで誰が画家の世界に足を踏み入れると想像したでしょう。
(反面、極道の世界に・・・は、全員納得!?してたかも)
今では、色あせたポスターではありますが浪商野球部OBの方々の気持ちは、
山本集の心の中に深く根付いて色あせることがないでしょう。
そして、第2回「山河有情展」のポスター。
こちらは、なんと名だたるミュージシャンがライブを行う場所として知られている大阪IMPホール。
当時は、大阪城の足元にできた大阪ビジネスパークという洒落た一角。
まさか、そんな最先端の場所で山本が個展を開けるとは夢にも思わず・・・。
このポスターは、当時電車の車内広告としても大阪の地下鉄を彩りました。
山本が描く夕景の赤は、山本が心に流した血の色だと評価されたのも思い出深いです。

アトリエへの階段 その1

いつもご声援いただきながら、ご多忙ゆえ、ご遠方ゆえアトリエに
お越しいただけない方のために、今日からアトリエへの階段を
少しずつ登って行きたいと思います。
アトリエは、自宅の3階にありその階段には、以前こちらでもご紹介したと
記憶しているのでが・・・しかしそこにはとあるものが。
それは、何を隠そう「シャッター」です(笑)
今ではそのシャッターが閉まることはないのですが、
そのシャッターを開けたらご覧の写真のようにアトリエの玄関口!?となっています。
正面に見えるのは、個展時のポスター。
主人を亡くしたアトリエですが、今でも油絵の具の匂いが充満し、
ここから先は山本が生きていた当時のまま残されているのでした。

山本集 生誕77年記念日

「富士」F50号 油彩画

「郷愁」M50号 油彩画

平成29年7月15日
本日は、画家山本集の生誕77年目という節目を迎えました。
今もし、山本集がこの世にいたならば何をどのように思って生きているのでしょう。
このブログを通じて、政治・経済・芸能に至るまであらゆるニュースに口を挟んで
「ほんまや」「アホか」「シャレにならん」などと口やかましい老人になっている
ことは、みなさんも想像するのは簡単でしょう(笑)
でも、少し思うのは今もなお生きて暴言苦言を吐いてくれたならと思うところも。
頑固おやじ、石頭、癇癪持ち。かつてはこんな大人がたくさんいたはずの世も
今では、全てが流れに任せた事なかれ主義になっているような気がします。
こんな時代だからこそ、ひと暴れ!?して欲しかったような・・・。(笑)
と、今頃あの世で「何をいうとんねん!ワシは画家やぞ!」と唸っているかも。
そんな訳で、今日は画家 山本集の代表作2点をご紹介して
生誕77年のお祝いにしたいと思います。