●31.「オジキ襲撃」で知ったヤクザの器量

「夜分ごめんください。ワタシ、淡路会の山本いいます」
やっとの思いで、ワシはオジキの家の敷居をまたいだ。何度かの声で、姐さんが2階からおりてくる。
オジキは寝室ではなく1階の応接間で寝ておった。
 「夜分遅くすいません」
ワシ、靴を脱ぐのも忘れて上がりこみ、すでに右手にはハジキを握っておった。
多分、顔に血の気はなかったやろう。口も渇いてカラカラや。
 オジキも姐さんもすでに事情は飲み込んでいた。ワシは右手のハジキが気になってしょうがない。
「山本さん、かんにんしてやって」と言いながら姐さんがワシの膝元に両の手をついた。
ワシは必死になってソファにいるガウン姿のオジキを見据えた。
銃口はオジキの心臓を確実にとらえておった。
 その時や、オジキはワシの親分の名前を出してこないゆうた。
「トシちゃんは、ええ若い衆もったもんや」
こん時、こない言われないで「なんじゃ」とか「待たんかい」言われたら、
ワシは確実にハジキぶっ放したやろう。けど、この一言で一瞬我に返ったんや。
こんな場面でこんな言葉をゆうとは、さすがは本家の大幹部や。キャリアが違う。
 「オレのタマ取りにきたんなら、やる。あわてることはない」
オジキはこないゆうて、煙草をくわえ火を付けようとした。
だが、オジキの手はぶるぶると震え、よう火がつかん。煙草とライターの火が接触せんのや。
 「まあ、道具おけや」こないゆうオジキの声も上ずっておった。
ワシは物を言おうと思っても喉がカラカラで声にならん。ワシの手からハジキは離れない。
実は置こうと思ったが、手が指が、ハジキに食い込んでとれんのや。
もう一方の手でしゃちこばった指を一本一本ほぐしてやっとハジキがワシの手から離れた。
 これを見て、オジキは突然、床に両の手をついた。
「ワシが悪かった。どんなことでもするから命だけは置いてやってくれ。
トシちゃんに電話さしてくれ。どんな格好でもつける」
 オジキは震える手で親分の家に電話した。ワシは一瞬でも目を離さない。
もしオジキがなんやしようとしたら、ワシの目の前にあるチャカをブチ込むつもりや。
オジキは親分に事情を説明しとる。
 ワシに受話器を取れゆう。親分の声が聞こえる。泣き声や。
「アツム、すまんのう。何もせんと帰ってきてくれ」ワシ、親分に従った。
オジキの見ている前で、ゆっくりとハジキを懐にしまいこんだ。
オジキはワシと一緒に親分の家に行くゆう。
 親分は家で待っておった。ワシ、床の間に両の手をついて親分に謝った。
「親分、出過ぎたマネしてすいません」
親分はワシには鷹揚に頷いた。と同時に、本来なら兄貴格のオジキを、
「オイ!」と急に呼び捨てにした。
オジキは黙って頷き、「すまん、すべてワシが悪かった」と詫びを入れてくれた。
これがヤクザ社会というもんや。
 こんなことがあった数日後、当時、淡路会の副会長をしとったワシの兄貴分から、
「ちょっと付き合えや」といわれ、ある喫茶店まで行った。
そしたら、先日のオジキが来とった。
 その時の兄貴分の口調は、本来なら「本家のオジキ」と遠慮して呼ばなければならないはずなのに、
「兄貴!」とオジキをいかにも馴れ馴れしく呼ぶんや。
ワシはびっくりした。
 次にもっとびっくりした。兄貴分は分厚い紙封筒を取り出して、
「兄貴、これちょっと預かっといてくれまへんか。ウチに置いとってもしょうがおまへんのや」
ポーンと出した紙封筒をみたら、500万円もあったやろう。
その金額は、先日のワシの「オジキ襲撃」で、オジキが親分に詫びとして届けた金額と同額や。
 オジキはその金を手にして、「うん」とまるでまんじゅうを一口に飲み込んだように、頷いた。
そこでワシの兄貴分の言葉や。
「兄貴、うちの親分は井の中の蛙や。世間を知りませんのや。
今後共ひとつよろしく頼んまっさ。なんとか本家の頭にさしとうまんねん」
 これや、こっれがヤクザのほんまもんの器量や。
ワシにはこんなマネできん。知恵もない。これもヤクザなんや。
苦しさでついに、昔の友人のところに
 本家の諏訪組の若い衆になり、山本組の若い衆も60人からに増えた。
そうこうしとると、本家の総裁が亡くなった。二代目をつくらなならん。
先輩や兄弟分と話し合って、以前、本家の若い者頭をやっとった人に二代目を継いでもらう事になった。
 しかし新しい組織作りゆうたら大変なこっちゃ。なんといっても金がかかる。
ワシらはもう組の柱としてやっていかなならん。
発言力もあったが、なんか嫌なことがあったら、それも率先してやらなならん。
 今のヤクザ社会や、金は力なりや。そうなると、シノギの下手なワシには苦しゅうなってきた。
ワシははんまにシノギがへたやった。金銭感覚がまったくないんや。
淡路会の会長がおったときは、金がなくても「なんや金か。あらへん」ゆうようなもんでやってこれた。
それかて親分が面倒見てくれたからや。
 その頃、ついたあだ名が、「居直りの熊」や。借金して、追い込みにこられると、
「すんまへん、すんまへん」と頭を下げる。とにかく低姿勢や。
そないしておると、相手が調子に乗ってワシのことを呼び捨てにする。こないなったらこっちのもんや。
 「なんや、あんた今、ワシのこと呼び捨てにしましたな。
ワシは借金があっても、あんたに呼び捨てにされる覚えはないでぇ」
ちゅうもんで、メチャクチャな理屈つけて開き直る。これが「居直りの熊」や。
 だが、本家の若い衆になり、かつての兄貴分が二代目になったら「居直りの熊」だけではようすまん。
それでどうしたかというと昔の浪商時代の野球仲間にまで迷惑をかけることになってしまったんや。
 ワシはヤクザやっておったから、彼らに迷惑かけたらあかんと肝に銘じておった。
野球仲間は団結力が強くて、社会人になっても、なにかあると集まり、誰ぞが困っているのを聞いたら、
みんなで集まって助ける。誰かにめでたいことがあれば、すぐに祝いをする。こういう連中や。
 浪商野球部の同窓生で高志会ゆうのを作っておった。
浪商野球部には400人からの新入生が入部した。けど同級生で最後まで残ったのは26人や。
ワシらは十一期生やった。高校の「高」に、十一の下に心を付けて「志」、これで高志会や。
ワシもあとでヤクザやめてこの高志会に入れてもろうた。
 こういう連中やからこそワシは迷惑かけられん思うてきた。
実際の話、ワシが刑務所に入っとる時も、女房や娘のために色々な世話を焼いてくれたのも彼らや。
 「ヤクザになったアツムにはないもする気はない。
ワシらが、女房や子供の世話するのは、ヤクザになったアツムではなく、
ワシらのアツムの女房であり子供だからや」とこないゆうてくれた友達もおった。
 仲良しやったハリ(張本勲)も実業家になった谷本勲も
ワシの知らんとこでほんまに色々と気をつかってくれた。
 今、考えるとワシも相当焼きが回っておったんやろう。
あんだけ昔の友人に迷惑かけてはあかんと思っておったのに、とうとう親友の谷本のところや、
接骨院の院長してる柿田正義、大手旅行代理店の偉いさんになった仁井幸世、
先輩の肘井康治らに金策に行ってしもうた。
 ある時、谷本のところへ行った。
谷本は嫌な顔をするどころか、ワシの手を握りしめて、自分が経営しとる会社の会長室に通してくれた。
過去に谷本は、ワシが出所するたびに、なんか商売せぇと、数えきれんほどの金を援助してくれた。
 「すまんがな、また、金を都合してほしいんや」
ワシは挨拶もそこそこにそないゆうた。谷本がワシを暖かく迎えてくれればくれるほど、
ワシは肝心な用件を切り出すことができなくなると思うたからや。
 谷本は不躾な来訪者に対して嫌な顔ひとつせず、にこにこ笑いながらこないゆうた。
「アッちゃんと僕は親友やないか。なんぼヤクザしとっても関係ない。
アッちゃんが、本気で更正するんやったら、ヤクザやめるんやったら、
僕はなんぼでもお金は出すし、協力も惜しまへん。
けど、バクチしたり、拳銃買ったり、ケンカ道具集めるための金だけは、絶対、出さん」

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