●28.やっぱり刑務所は人間の行くとこやない

 刑務所におると、どんな悪いことやった者でも詩人になる。たいした詩なんぞ書けっこない者でも、
たいていの者は、なんや詩のような、出来そこないを一編か二編は書きよる。
 季節の移り変わりに敏感になるのも囚人の特徴や。
春になって桜の蕾が膨らみよる。獄の窓ガラスから、春の陽気が感じられるようになって、
みんながなんぞそわそわしよると、桜の花が開きよる。
 けど囚人やっとる人間は、満開になった花びらに心を弾ませるのではなく、
そん時、散っていく一片一片の花びらに思いを寄せるんや。
 桜の木が、パァーッと華やかな衣装をまとうが、表面の華やかさとは反対に、
気紛れな春風や雨の悪戯で散って行く花びらがある。これを自分と二重写しにする。
 「おまえが散って桜の木の下の土に落ちていき、朽ちていく。本体の肥やしになるんや。
こないして、夏を迎え秋が訪れ、厳しい冬を迎える。
けど散っていった一片一片の花びらが肥やしになって、
また、桜の木は満開を迎えるんや。ワシの分もしっかり生きよれよ」
とまあ、こないな心情になる。早い話がセンチメンタルゆうもんや。
 詩人になって、松尾芭蕉も真っ青な、観賞人になって、囚人はえらい善人になると思うやろう。
こないな子供の心を持つのは事実やが、みんなが善人になるかというと違う。むしろ逆や。
 警察や刑務所は犯罪者を改悛させるどころか逆に罪人を作るところや。
なんせ警察はなんでもかんでも罪状を押しつけてくる。
 刑務所は、小生意気な世間知らずの看守がいばりちらし、
なにかあると規則を持ち出し、理不尽に虐待しよる。ここでは正義なんちゅうものは存在せん。
極端にゆうたら戦争中の憲兵と一緒や。
せっかく罪を改め、詩人になろうとしている囚人も、憲兵まがいの看守の態度に頭にきてしまうんや。
 それでどないするかというと、悪さを考える。
例えば、100万円盗んで捕まったヤツは、こんどは1000万円盗んだろうと考える。
一瞬でもそない思うたら、刑務所いうのは最高の犯罪者の養成学校や。
 まわりにはその手のベテランがごちゃごちゃいよる。悪知恵の情報交換や。
強盗、スリ、恐喝、金庫破り、サギ、殺人、偽造、スケこまし、知能犯となんでもおる。
看守の理不尽な虐待が続けば続くほど、人間ちゅうのは、見返したろうと思うもんや。
 ここでいろんな勉強して、「よし、次は完全犯罪や」と思っていろんな大きなヤマの絵図を描く。
せっかく詩人になった囚人もこないして再犯への道をたどるんや。
やっぱり刑務所いうところは人間の行くとこやない。絶対行ったらアカン。
感動!そして映画以上やった出所の日
辛いばかりの刑務所とはいえ、辛いゆえに色々な楽しみを見出す。
室内では、将棋、卓球、のど自慢大会、屋外では、年一回の運動会。
 それにソフトボールとバレーボールや。強いでぇ。もう国体級や。
ワシの球はすごいからな、投げりゃ魔球、スパイク打ちゃあ、これまた無敵。
普通に投げたってナチュラルカーブやドロップや。
 何せ指が五本揃っとらへんのや。並の変化球とちゃうで。
とにかく投げた本人が、どこ飛んでくか分からへんのやから、受ける方に分かる訳がない。
 週何回かの昼休み、年に何回かの工場対抗試合。
みんな真剣になりよる。ガキの頃、思い出して、みんな顔はクチャクチャや。
 でもなぁ、いくらソフトボールに夢中になっても、シャバのことは一時も忘れられるもんやない。
学校やないけど、毎日のように、新入生が入ってくる。彼らがシャバの情報を持ってくるんや。
山口組の三代目組長、田岡親分が死んだと聞いてみんなで手を合わせたこともある。
ワシも素直に、冥福を祈った。
 刑務所暮らしも3年過ぎたころには、淡路会は解散、皆ちりぢりになってしまったとの噂も入ってきた。
ワシの留守中に、本家諏訪組の直参の若い衆に取り上げられたらしいちゅうことや。
 格でゆうたら、大出世や。めざしがいっぺんにブリになったようなもんや。
でも、気持ちは複雑やった。もとはといえば、淡路会の親分に心酔して飛びこんだ道、
できることなら淡路会の二代目になりたかった。
 それが組は解散、淡路会の会長は本家の親分とゴチャゴチャしたことで、ヤクザをやめよったという。
いってみりゃワシは人質にとられたようなものや。出所しても諏訪組に帰るつもりはなかった。
 出所して、出世したといわれても、なにもうれしいことはない。
子会社潰されて、親会社の課長になれ、いわれるようなもんや、と言うたら分かってもらえるやろうか。
 ワシは子会社のほうに、恩義も愛情もあったんや。もう帰るところはない。
「もうやめたろう、ヤクザはやめや」本気でそう思った。
義理や人情やいうても、所詮、汚い世界なんや。こんな世界、ワシの方から、盃返したる。
 4年6ヶ月がった。出所の日がきた。荷物まとめて塀の外へ出ようとした。
そうしたら早朝やとゆうのに、門前がまるで火事にでもなったかのように、真っ赤になっとる。
 「何や!」思うて出ていくと、道の両側に諏訪組いう文字の入った提灯がいっぱい並んどる。
1000人くらいもいたやろうか。みんなが一斉に頭下げて、
「お勤めご苦労さんです!」ゆうたんや。
 上げた顔を見渡してワシはびっくりした。淡路会の連中はもちろん皆来てくれた。
その中にまじって、本家の若い衆の顔が見えた。
まさか本家の連中まで来てくれるとは、まったく思ってはいなかった。
 うれしかった。ほんとうに、どういうたらええんやろうか。
ワシ、ムショの中で、ヤクザやめたろうと思うていた。
けど半面では、淡路会以上の組織作ったろういう気もあったんや。
けどこないなったら、昨日まで考えておったグチャグチャは飛んでもうた。
 みんなに、挨拶をと言われた。
一段高い台の上にあがったが、何ゆうたかさっぱり分からへん。
なんせ4年以上も、人前で大きな声なぞ、出したことなんかないんや。
 雪がちらつく12月25日や。あの時の光景だけは、東映の映画以上やった。
「やったろやないか、日本一の極道になったろうやないかい」
こない腹をくくった。
 今考えてみりゃ、ワシもええかげんな男や。
けど、あの提灯見たとき、ワシはそう決めたんや。
ほんまカメレオンや。

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