●25.決行の朝、本家の「手打ち」を知る

ワシらは親分の淡路会会長と涙流しながら、水盃を交わした。
あり金を全員で分配し、あるだけのハジキや実弾かき集めて、「死んだる!」ゆうて腹くくったんや。
 いよいよ殴り込み決行ゆうより、死にに行く日の朝を迎えた。
夏の暑い日だった。セミまでが、「死んだれ!死んだれ!」と念を押すように鳴いておった。
 いざ出陣という時に親分から電話が入った。
「アツム、すぐに来い!」ワシは親分の家に駆けつけた。
 ここも機動隊に囲まれておった。どぎつい身体検査受けて、やっと家ん中入ったら、
親分は死に装束を連想させるような真っ白な浴衣にへこ帯しめて床を背に正座して待っておった。
 ちり座して何事かと親分に向かい合った。
親分の第一声は、「アツム、このケンカもうやめや」だった。
 ワシ、最初は何のことゆわれたか、分からんかった。
ほんの2〜3秒やったが、1時間くらい沈黙が続いたように思うた。
 親分は”山口組への殴り込みをやめろ”と言ったんや。ワシ、えらい大声出した。
「やめとけ、やて!なんでんの!話が違うやおまへんか。そんなこと辛抱できまっかいな!」
「オレの言うこと聞けんのかい!」
 「聞けるかい!」とワシは半分やけくそな声を出した。
そりゃ、聞けるわけはない。頭の中は死ぬことしか考えていなかった。
若い者も死ぬ腹決めとる。水盃まで交わしとるやないかい。
 親分の怒声が続いた。
「オレの言うことが聞けんのかい!根性入れて、聞けんゆうとるんやな。
よし、そんなら、破門じゃい!」
 ヤクザの世界は、親分の言うことは白でも黒と言わにゃあならん。ワシ、本気で親分に逆ろうた。
夏や、スイカが出されとった。真っ赤なええ色や。色で売り出すスイカでさえも、中に黒いタネがある。
浪曲の一節じゃないが、こんな時のことをゆうんやろか。
 「破門もクソもあるかい!」とゆうて、ワシ、そのスイカを親分にぶつけたんや。
「親分殺して、ワシも死ぬんじゃ」と、一瞬、ほんまに思うた。
 結局、本家の諏訪組の方で手打ちの話がついてしもうてた。
本家の決め事には、うちの親分といえども逆らえん。
ほんまゆうたら、親分もワシと同じくらい悔しい思いをしたんやろう。
 けど、そんなこと親分は全然、説明してくれへん。これがヤクザ社会いうもんや。
ワシかて分かっとるが、腹の虫はおさまらん。
 その直後、本家の諏訪組から、「山口組系の組と手打ちするから来い」とゆう知らせが入った。
本来なら淡路会会長であるワシの親分が出席するのが筋や。
ところが、なぜか頭のワシに「来い」とゆうてきた。
本家の総裁の前で大粒の涙
元山口組系の組と手打ちするから、その打ち合わせのために諏訪組の本家に来いゆう連絡があった。
「そんなもん行けるか」とワシはゆうたが、そうもいかん。なにせ本家からのじかの出頭命令や。
 いくら頭とはいえ、本家のことで、親分の代役が務まるわけはない。
総裁ゆうたら、ワシなんか口どころか、側にも立てん人や。
けどワシに来いゆうことは、何かあるんやろう。けどワシはそんなことおかまいなしや。
 本家に行くと、総裁がおって、みなピーッと正座しとる。ワシからみたらオジキばっかりや。
けどワシはもう破れかぶれ。ふてくされて、アグラを組んでおった。
礼儀知らずも何もあったもんやない。明らかにワシは浮いておった。ピーンと張りつめた空気や。
 本家の総裁が初めて口をきいた。
「オイ!山本。おまえ、ケンカもようせんと、逃げとったらしいやないけ!何が頭や!」
 冷や水ぶっかけられたいうのはあないなことをゆうんやろう。
ワシかて捨て身の覚悟で腹くくって、殴り込みに備えて姿を隠していたのを”逃げた”と思ったらしい。
 「何ぬかす!」ワシそう思うた。けどそんなセリフ、口からよう出てこん。
ひざがガクガク震えた。体全体がゆうこときかんぐらい震えた。金縛りや。
本家の総裁は真剣に怒っとる。納得していない。
 バシーッと、灰皿が飛んできた。総裁がワシめがけてぶん投げたんや。
けど、ワシ何もできん、何もゆえん。
本家の人間は正座して横に並んどる。ワシの目から雨みたいな大粒の涙が落ちてきよった。
泣くなんてもんやない。涙が吹き出してきよった。
 けどこうやって、元山口組系の組との手打ちの段取りはついた。
阪神懇親会の本部に手打ちに行ったら、その組の若い者頭は小指を切っとった。
うちの若い者とケンカして、抗争のきっかけになった相手や。
ワシにとっては面目丸つぶれの抗争事件の手打ちやったが、こないして相手も傷ついたんや。
けど、今でもその時のことを思い出すと、腹の虫が泣きよる。
だが問題はこれだけで解決せんかった。警察が動き出した。まず元山口組系の頭や若い者がパクられた。次はワシらの番や。ところが親分の運転手とか、ワシの運転手と下っ端の者から持っていく。
それからいもずる式にワシんとこの若い衆、26人がパクられた。
事務所の中は、差し入れや、弁護士やとてんやわんやになった。
 これだけの若い衆がいっぺんにパクられるゆうのは初めてや。
パクられた連中は大阪中の警察署に分散された。
本部の帳場は、当時の東淀川署に設置された。本部の四課ゆうたら、極道以上や。
 ワシはそんな中で、いつパクりにくるかと待っておった。それでもワシのとこにはなかなかきよらん。
「今度、パクられたら、当面出てこれんやろう」ワシそない思うて女連れで温泉に行った。
「逃げるんやおまへん。連絡あったらすぐに帰ってきまっせ」
 若い衆がパクられて2ヶ月ぐらい過ぎたところで、やっとワシの番がきた。
弁護士に付き添われて、本部に出頭したが、ワシ、こん時、ハジキを10丁ほど持参した。
けど半分はモデルガンや。残りのハジキも撃針を折っておいた。
 まあ最初は、拘留調書を取る。そこでこのハジキだしたら本部の4課の刑事がこない言いよる。
「オイ、頭。本部は所轄とは違うんだぞ。甘くみたらあかんぞ!こりゃ何や!」
もう極道以上や。
 「何やて、これ道具でんがな。これがワシのみやげでんがな」
「みやげやったら、マルがひとつ足らんのとちゃうか」
ワシ、カーッときて、
「足らんゆうのやったら、
そこらの一銭ポリが、よう使いもさらさんと腰にぶら下げとる拳銃を集めてこいや!」
「何ぬかしよる!」
 と、調べ室にワシの弁護士がいるのに、その刑事はワシの首をつかみにきよった
初日からこの調子や。そん時のワシの口上は、
「桜の花が咲いたからゆうて、帰してくれ言いませんでぇー」

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