●16.小さいながらも、一軒家を持つ

ワシが組長になったんは33歳の時やった。諏訪組系淡路会内山本組を結成したんや。
直参の若い衆が7人おった。小さいながらも、とうとう一家を持った。
諏訪組本家の承諾をもらって、淡路会の会長さんの名で、山本組結成書状披露もやってもろうた。
 ワシも一応、親分になったとはいえ、ワシの親分は淡路会の大西敏夫会長や。
淡路会の若頭という立場は変わらん。違うのは直参の若い衆を持ったゆうこっちゃ。
そうはいっても、親分は親分や。今まで、「兄貴、兄貴」とゆうてきた連中が、
ワシを、「親分」と呼ぶようになる。
ヤクザやるんやったら自分の組を持たなアカン思うてたから、そら、うれしかったでぇ。
 ところが、組持ったゆうてもワシはケンカは得意で上手やが、シノギ(金儲け)はようでけん。
だから、事務所を構える金もない。
それで、どないしたかいうと、京都にあるワシの自宅に若い衆と一緒に暮らし始めたんや。
自宅ゆうても二間しかないアパートや。
しかも女房と娘二人もおったから、全部で11人が狭いアパートでひしめくことになった。
けど、ヤクザは世間体が大事や。大阪に出るときは、いくら金がなくても電車で行くわけにはいかん。
ヤクザらしくマーキュリークーガーゆうアメ車を乗り回しとった。
もちろん、若い衆に運転させて、親分の風格を見せにゃならん。
 車はアメ車でも、京都に帰れば、台所は火の車や。ほんま三度の食事にも困ったぐらいや。
しゃあないから、夜中に若い者に畑へ行かせる。白菜とか大根を盗ませるんや。
白菜は塩振って漬け物や。大根は大根おろしにする。ドンブリいっぱいの大根おろしに、
今ならネコも食わんようなカツオブシを振り掛けたんがオカズや。
 米かて、オカユにする。オカユにすれば、少ない米でも腹いっぱいになる。
シノギのヘタなヤクザは、こないしてシノいだんや。ほんまに貧乏した。
 車のガソリン入れるにも百円玉3個握って
「これだけ入れてや」ゆうてガソリンスタンドに行ったこともある。
ごっついアメ車も、たった300円分のガソリンで走ってるなんて、堅気の人も気がつかんやろう。
 夜はもっとみじめや。娘二人は押入にいれて、若い衆は3組の布団に7人が雑魚寝や。
ワシと女房は隣の部屋に寝るんやが、残りの布団は一つしかない。
女房の口にタオルを入れて声出さんようにして、夫婦の営みをしたこともある。
 そんなこんなで、山本組を結成したかて貧乏のドン底や。
けど、ワシんとこの若い衆は根性の入った連中ばかりやった。
こんな生活にも一言も泣き言わんと付いてきてくれよった。
こういう時や、人の情けが身にしみるんは。
ヤクザもんの『一杯の夜なきうどん』
 組を結成できたのはいいが、自前の事務所も持てん。
ワシの家の京都の二間のアパートで直参の若い衆7人、
それと、女房に娘二人が一緒に寝泊まりする、みじめな生活やった。
三度の食事にも困ったが、ヤクザの親分ゆうたら見栄張らなならん。
 兄貴分が心配してあれこれとシノギ(金儲け)を教えてくれるが、
ほんまにワシはシノギはアカンかった。
 サラ金ブームの頃や。金融屋やったら儲かるいわれ、兄貴分が資金を1000万円ほど融通してくれた。
小さな事務所借りてサラ金を始め、若い衆も一夜漬けで金融のイロハを勉強した。
最初はまあ良かった。問題はコゲつきや。
ヤクザなんやから、病人の布団はいででも取り立てせなアカンのやが、ワシは逆や。
正直いえば、ヤクザのもぐり金融に金借りにくるいう人は、すでにあっちこっちのサラ金から借りて
ニッチもサッチもいかなくなった人か一癖も二癖もある札付きや。
 取り立てに言ってみると、四畳半一間のアパートにカアちゃんと乳飲み子がいる。
オヤジがギャンブル狂いで、おちこちのサラ金から金借りまくっとる。
 ヤクザのやる取り立てゆうたら、ちょっと若いカアちゃんなら、ソープランドに沈める。
やや年いっとるカアちゃんならウリ専門のピンサロに売り飛ばす。
こないして借金を回収するんやが、ワシはアカンかった。
 幼い乳飲み子抱えて、カアちゃんがひたすら謝る。
見ると、部屋ん中には綿のはみ出した布団とちゃぶ台ひとつ。テレビも冷蔵庫もない。
ミルク代にも不自由しとる様子や。ワシ、こういうの弱いんや。
 若い者に借用書取り出させ、その場で破り捨てて、
「もうええ。それより、その赤子、ちゃんと育てや」
そうゆうて、ワシの財布からいくらか金取り出して置いて帰った。
 あとで聞いたら、そのカアちゃんも札付きの悪やゆう話や。
いつもそうやってヤクザもんの同情買うて、
借金踏み倒している常習犯やゆうやないか。情けない話や。
 そんなエエカッコしておきながら、
自分の娘には満足においしいもん食わせられん。落ち目のどん底や。
ある夜、娘が腹減ったゆうて泣きよる。ワシ、娘二人抱えて、夜なきうどんを食わしに行った。
子供は親が落ち目でも知らんわな。銭は一杯分しかない。うどん一杯を娘二人に食わせる。
いつもやと二人で一杯のうどんを食えば、それで満足するのにその夜に限って、
親の懐具合も考えんともっと食いたいと言いよる。
そん時、ワシはポケットの中の100円玉1個握って、冷や汗かいとった。
 そないしたら、その夜なきうどんの屋台のおっさんがどういう風に見たんか知らんが、
黙って、そば2杯つくって、
「カワイイお嬢ちゃんやな。今日はおっちゃんのおごりや。腹一杯食べてや」
よう見るとそのおっさんの小指がない。多分、昔ヤクザやってたんやろ。
ヤクザやってた人間やないと、こういう情のかけ方はできん。
 ワシ、黙ってお辞儀しただけや。
うれしいゆうか、むなしいゆうか急に涙がこみあげてくる。
身の置きどころがないゆうのはこういうことをゆうんやろう。
これこそ、ヤクザもんの「1杯の夜なきうどん」いうわけや。

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