●10.ヤクザになったる!

 智辯学園野球部の監督を辞めさせられて、
ショックちゅうか気合い抜けしたゆうんか毎日、魚釣りばっかりしておった。
そないしとったら、その筋の方から、
「うちの組に来いへんか」と声が掛かるようになった。
今でゆうたらスカウトや。山口組からも来た。
もし、あの時、山口組に行っとったら、ワシの人生も変わっとったろう。
 ヤクザから声が掛かるのも無理はない。
ワシは監督やりながら、奈良県五條市で寿司屋と庭石屋もやっとったが、
そのころもケンカばっかりやっとった。
インチキバクチにだまされてヤクザの親分のところへ殴り込みに行くわ、
ヤクザ金融に乗り込むわで、ヤクザ以上のことをやっていたんや。怖いもの知らずや。
田舎のことやから、奈良から和歌山の隅まで“ヤマモト・アツム”の名前は知れわたった。
不良やら何やらが、
「おやっさん、おやっさん」と寄って来る。本物のヤクザが目エ付けんはずがない。
しかしいくらゴンタで名を売っていたからとゆうて、本物のヤクザとなるとワシも迷った。
 そないしてる間に、智辯学園の甲子園出場が決定した。
ワシが監督クビになった翌年、野球部創設からわずか3年目のことだった。
レギュラーはワシが一緒に寝泊まりして教え込んだ連中ばっかり。
悔しいのか、うれしいのんか、涙が止まらんのや。
 選手たちは、「山本さんとこへ報告に行く」ゆうて、みんな来よる。
ワシも、「よかったな」と口ではゆうてみるが素直に嬉こばれん。
けど、選手たちはなんやかんやゆうてワシのとこへ来る。もう身の置きどころがあらへん。
選手たちは憧れの甲子園に行く。けど、元監督のワシは相変わらすのゴンタやっとる。
「奈良にはもうおれん」と思った。
「ええわ、こないなったらホンマモンのヤクザになったる。男を磨いて、日本一の親分になるんや」。
 そない決心したからには、やっぱり大阪や。
今ならみんな山口組に行くようやが、当時はそないに有名やなかった。
ワシが訪ねていったのは、諏訪組淡路会だった。諏訪組には諏訪健治いう親分がおった。
当時もう60歳ぐらいだったが、立派な親分やった。
 直接の世話になったのは、淡路会の大西敏夫会長で、
これがまた、昔の映画に出てくるような侠客肌のエエ親分や。
貧乏だったが、堅気の衆や子供にも人気があった。
そこの若い者頭に、ワシは浪商にいてゴンタやっとったころから飯食わしてもろたり、
色々世話になったことがあったんや。
 極道になるんなら、ここや、ここしかない。
そう思うて、若いもんを20人ぐらい引き連れて大阪に向かった。
あれはワシが26、27歳のころやった。
ヤクザに憧れて
 「なんでやくざになったのか?」
極道から足洗って、こうやって絵描いとると、いろんな人に聞かれる。
ヤクザやっとる最中も友達が聞いてくる。
浪商野球部で同じカマの飯を食い、今は実業家の谷本勲もそうやった。
けど、そんなんは若い血気盛んなころは耳も貸さん。
 今でこそヤクザの裏も知り尽くし、ヤクザなんかなるもんじゃないと言える。
しかし、ゴンタやっとった時はカッコエエなあと思ったもんや。
初めてヤクザに憧れたんは浪商のころやった。
 ワシらが3年生になって修学旅行の話になった。
けど、そのころの浪商ゆうたら硬派といえば聞こえはいいが、ワルで有名やった。
先輩たちも修学旅行に行っては暴れ回っとった。
それで、どこの旅館も浪商には貸してくれん。そこを先生方がえらい苦労してなんとか旅館を探した。
問題は、いつもゴンタやって何度も停学になっとるワシや。校長室まで呼ばれて、
「絶対ケンカしません。おとなしくします」
ゆう誓約書を書かされて、やっと修学旅行に行かせてもろうた。
行ったのは日光やった。旅館について大浴場につかって、日本酒を盆に浮かべてイッパイやっとった。
ワシらにしてはおとなしいもんや。
ところが、そこへ、仲間の一人が、
「浪商のヤツがだれかに殴られた!」と駆け込んできた。
「なにィ!仕返ししたる!」
 そないなったら、ワシの性格や。
校長に誓約書書いたことなんかすっかり忘れて、風呂から飛び出した。
パンツだけ履いて黒い革靴引っ掛けただけの格好で温泉町を突っ走った。
パンツ一丁で走るワシの後ろを同級生がみんなドドーッとついてきよる。
一番最後には先生も「なんとか止めなならん」と必死になって追っ掛ける
まるで漫画みたいな光景やが、ワシは真剣や。
 ここでやめたら、“浪商のヤマモト・アツム”の名がすたる。
ワシは途中にあった金物屋でデバ包丁かっさらって、
「どいつや。うちのヤツをド突いたんわ」と探しまわった。
日光の杉並木のとこで、だれかが、「こいつらや!」と叫んだ。
そこには浴衣姿のオッチャンが3人おった。
「おんどりゃ、ブチ殺したるゥ!」ゆうて、一人のエリをつかんだ。
そないしたら、立派な彫り物がパーッと目に入った。相手がヤクザやろうが、そんなん構わん。
デバ包丁をブチ込もうとした時、パトカーがサイレン鳴らして来よった。
その浴衣姿の極道は、ワシの手から包丁取ってパッと浴衣の中に隠したんや。
 「なんでもおまへん」
その極道は警官にそうゆうて、パンツ一丁のワシをかばってくれた。
「ニイちゃん、いい度胸しとるが、無理したらアカン。まあ、あとで遊びに来いや」
ゆうて、泊まってる旅館を教えてくれた。
 今度はちゃんと学生服着て、その旅館に行った。
大広間でほんまもんの極道が宴会やっとる。料理も修学旅行の飯とは比べもんにならん。
きれいな芸者さんも仰山おって立派なもんや。
 親分に会わせてもろうて、酒もごちそうになった。
帰り際、万札がぎっしり詰まっとる財布からゴッソリ小遣いまでくれるんや。
「カッコエエなあ、男やなあ」。ゴンタやっとったワシはすっかり圧倒されてしもうた。

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