●6.ハリ(張本) との出会い

 シゴキの浪商で、ものすごいヤツに出会った。
野球部の新入生の中に、今は野球評論家の張本勲(元巨人軍)がおったんや。
きつい練習が終わって、夜、銭湯にいったら、ごっついガタイの男が風呂に入っとった。
「どっかで見たヤツやなぁ」とワシが思い出そうとしたら、そいつもワシを見て、同じ様な顔しよる。
そや、浪商野球部の同級生やないか。
野球部ゆうても新入生だけで400人もおるから名前が分からへんのや。
「おまえ、浪商野球部のもんやないか。オレは山本集ゆうんや」
「オレは張本勲だ。広島から来た」それがハリとの出会いやった。
それから、お互いに「練習つらいのぉ」という話になった。銭湯帰りに、ハリの下宿に寄った。
そないしたら机の上にアルミの弁当箱があった。遅い夕飯や。
弁当のおかずみたら、かまぼこの焼いたやつと梅干しだけというわびしいもんやった。
 ワシの方は、姉が京都の大学行っとったんで、奈良で材木屋をやっとるオヤジが、
ワシと姉のために浪商近くの淡路の小さい家を買うてくれた。
それで姉と二人で住んどった。考えてみれば恵まれた生活や。
 でも、ハリは想像もつかんくらい苦労しとった。早い話が貧しかったんや。
家からの仕送りゆうても、ハリの兄さんかなんかが給料から送ってくれていたわけや。
だから、ハリは下宿代払うたらほとんど残らん。
15、16歳の野球やっとる者が、三度のメシを腹いっぱい食うても、すぐに腹が減る。
ハリはいつも腹減らしとったんとちゃうやろか。
 それで、ワシの家の2階が空いとったから「なんやったらウチへ来いや」
ゆうて、それから一緒に住むようになった。
一度、実家の姉からハリに来た手紙をこっそり見てしもうたことがある。そしたら、
「私らは銭湯へ行くのも節約して、お前が立派なプロ野球選手になる日を楽しみにしている」と、
こないなことが書いてある。ワシも子供心に涙流しましたわ。
 でもハリの練習はすごかった。
家へ帰った後も毎日、バットの素振り500回やるノルマを決めた。
野球やった人なら分かるやろうが、100回でもきつい。
それを500回やる。それが終わると体力的にも精いっぱいなのに、
ハリは、「まだ、やろう」と言う。
「まだやろうて、約束が違うやなあいけ!」ワシがヘトヘトになって布団に潜り込んでも、
ハリはまだバットを振り続けるんや。布団の中に入ったワシの耳に、
「ビューン、ビューン」というハリのバットの音が聞こえてくる。
 やがて、ワシの隣の布団にハリがそっと入ってくるが、手のひらはズルむけや。
手を握ってられへんから、手を開いたまま夜風に当てて冷やしながら寝とる。
「すごいヤツがおるなあ。こいつの根性にはさすがのワシも負けや」と思うたがな。
ハリのハングリー精神は、さすが
野球もそやろうけど、なんでも才能だけやったらアカン。
よく「熱心や」ゆうけど、それでもアカン。
人に狂人やゆわれるぐらいでないとアカン。死に物狂いでやらんと、なんでも一流になれんのや。
それをワシに教えてくれたのが、ハリ(張本勲)やった。
 ハリの実力は1年の時からずば抜けておった。浪商のレギュラーなんか問題にならん。
甲子園にも出た先輩ピッチャー相手に4打席4ホーマーしたほどや。
 しかも実力だけじゃない。人の3倍は練習をやる。
このハングリー精神には、さすがのワシもかなわん思うた。
 ハリとワシの前にリンゴが1個あった。食いたい盛りや。一人で食いたい思いますがな。
普通は「まあ、半分ずつにするか」と分けるが、
ハリゆうのは「自分が全部もろうてええか」と断るやいなや、まるごと1個食うてまう。
なんちゅうヤツやと思いますやろ。でも、違うてた。
ハリはプロ野球選手になる目標のためには、今このリンゴを食うんやゆうて食ってしまう。
他人からどう思われようが、そんなもん気にせんのや。
 一流になるには、そのくらいの決意が必要ゆうことや。
一流になれんヤツほど他人に気ぃ使う。お世辞も言いよる。
本物の一流になる人間は、他人なんぞに気ぃ使うてる間がない。
そして、自分が一流になってから他人の面倒見るんや。中途半端はアカン。
中途半端じゃ他人の面倒も見れん。これが、一流と二流の差や。
 浪商を卒業して、ハリは当時の東映フライヤーズに入団して念願通りプロ野球の選手になった。
ワシは不良しとって、しまいには極道の道に足を突っ込んでしまった。が、
ハリはいつもワシのことを心配してくれとった。
 いまワシは極道から足を洗って、絵を描いとる。それを知ってハリはなにくれとなく
ワシが画家になったのを宣伝してくれる。ありがたいこっちゃ。
あの時の1個のリンゴは惜しかったが、今のハリの言葉はリンゴ100個や200個できかんほどや。
 浪商時代の野球友達は結束が強い。
ワシに絵を描くように勧めてくれた実業家の谷本勲も浪商野球部の同級生だった。
「なあ、アツム、いつまで極道やっとるんや。
昔から絵が上手やったんやから、絵でも描いたらどうやねん」
この言葉で、ワシは絵を描き始めたんや。
 そんなワシらに一大事が起きた。浪商野球部のシゴキが社会問題になったんや。
その上、学校サボって街でケンカした選手が補導される事件まで起きた。
ワシらはみんな親兄弟の反対押し切って、
「甲子園に出たい」「プロ野球選手になりたい」
と思うて、浪商に来とる人間ばっかりや。それなのに、
シゴキ問題に野球部員のケンカがかさなって1年間の公式試合出場停止になってしもうたんや。

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