●26.抗争の全責任を負って止めを打つ

 結局、抗争事件が起きてから1年後にワシは逮捕されたが、こん時の罪状は傷害罪や。
それも数年前に覚醒剤を射っておった者をド突き倒した件やという。
いわゆる別件逮捕ゆうやつだが、ほんまに警察はえげつないところや。
そんなもんこっちは逃げも隠れもするかい。早ようこい早ようこい思っておったのに別件とは何事や。
 それからひとつひとつ事情聴取を受ける。
こっちは、「全部ワシがやった、ワシがやれゆうた」というだけだから、簡単に済む思うていたが、
ちまちま聞いてくるもんやから終わるまで半年もかかってしまった。
 なんせ、20何人もパクられたから、みんなの口裏があわん。難儀したもんや。
特に府警4課の捜査本部の取り調べゆうたら、きついちゅうなんてもんやない。
ウチの若い者の中には、首つって自殺未遂したヤツもおったし、気ぃ狂ったヤツもおった。
 どうしてもウタわされて、ワシに会わす顔がないゆうて、小指を噛み千切ったヤツもおったぐらいや。
社会では能書きゆうておっても、警察にパクられたら、ほんまに根性が変わる。
あれだけパクられる前に、綿密に打ち合わせをやっておいても、全然あてにならん。
 こんなこっちゃ、そんなこっちゃで半年間取り調べの結果、
今度の抗争事件の全責任はワシやということで止めをうったんや。
 そして、保釈の話になった。若い者から順にどんどん保釈で出ていきよる。
そないしてやっとワシも保釈されることになった。
 ところが、これだけの人間みんな保釈されたら、それだけでなくても貧乏な組や、
親分や兄弟分が家を担保に入れても、保釈金が追いつかん。
みんなが金策に走り回る。
 こんな時は、パクられて出てこれん者もきついが、
金策に駆けずり回らなならん親分や兄弟分はもっと辛かったやろう。
 恥ずかしい話、若い者は何とか保釈で出たが、ワシの保釈金がでけへん。
なんせワシの保釈金は若い者の10人分ぐらいかかる。
親分の心中も分かるが、これ以上の無理も言えん。
 それでワシ、取り調べの刑事課長にゆうた。
「ワシ、金があらへん。保釈金が払えへんのや。このまま裁判受けて、お勤めに行きます」
けどこの刑事課長ちゅう人も変わった人やった。
 「今度、入ったら当分出てこれんやろう。ワシが金の段取りつけたるから1回出れや」
とこない言いよる。
 ワシ、冗談にしろ、うれしゅうて、鼻柱が暑うなった。
きっと、ワシが検事調べの時、一切のゴチャゴチャなしに罪状認めて、刑事課長の顔も立ったんやろう。
 結局は、検事の温情もあり、弁護士保障も手伝うて、ワシの保釈金が一番安かった。
こんなことは前代未聞や。
警察ゆうところは、なるべく世話にならんほうがええし、ほんまにえげつないところやが、
なかにはこないなけったいな刑事もおる。
 そういえば、ワシ、半年間警察におって、少しは協力したこともあった。
あれはえらいしぶとい盗っ人が捕まってきよった時や。
取り調べの刑事同士の会話で、なかなか口を割らんのが分かった。拘置期限がどんどん迫ってくる。
そこでワシがかわりに調べてやった。もちろん腰ヒモに手錠つきの即席刑事や。そりゃききまっせ。
 「おんどりゃ!たかが盗っ人がなにカッコつけとる!死刑になることはないんやで。
早よう往生して、帰ること考えんかい。とっとと白状せんかい!」
ゆうて睨み倒してやった。そないしたらこのこそ泥、かしこまって全部吐きよった。
若い刑事が感心して、「頭、今度生まれ変わったら刑事になってください」と言いよった。
裁判官に男の約束。「若い衆を堅気にさせます」
ワシがパクられた後、本家の、二代目の諏訪組組長の有末辰男親分が、道具に関連した事件で、
府警本部にパクられることになった。
その時に調べにあたった刑事が、ワシん時の担当刑事で、抗争事件の真相をすべて話してくれたらしい。
もちろん、相手の組へワシが単身で、掛け合いにいったことも、調書から知って話してくれたらしい。
 それで保釈されて、本家の総裁に一部始終を話してくれた。
すべての真相を知った総裁がワシに謝ってくれた。
総裁は、この抗争でワシが逃げておったと思っていた。
 「山本、オレの間違いやった。辛い思いさせたな、勘弁してくれ」
こないして本家の誤解がとけたんや。
 それまで、ワシの腹の虫は、「ヤクザやめたれ、やめたれ」
と泣き続けておったが、総裁の一言が、特効薬となって腹の虫はおさまりよった。
それ以来、総裁は何事があっても、「アツム、アツム」と特別に大事にしてくれた。
どんな社会でも辛抱は、大事なこっちゃ。
けど、あの時、もし誤解がとけなければ、ワシはもっと早く足を洗っとったかもしれん。
 ワシらの裁判が始まった。罪状は凶器準備集合罪、傷害罪、銃刀法違反、火薬法違反…
名詞の肩書きやないけど、覚えきれんくらい罪名がついておった。
 裁判は分離公判や。
ワシは裁判になっても「刑事さんの調書通りです」ちゅうもんですわ。
ただウチの若い者の裁判に、証人として出廷したときは、裁判官に土下座して、泣きを入れておいた。
 「お願いします。こいつらはもう極道として使いものにならん連中ですから、全員、堅気にさせます。そうでっしゃろう。親分の写真や組の代紋に鉄砲玉うち込まれ、提灯に穴あけられた。
これで、報復できんようなものをヤクザさしといても意味がない。
また、女房、子供のおる人間が刑務所に行ったら、本人はよろしゅうおます。
けど残された女房や子供がどんなに辛いか、ワシはよう知っとりますし、経験しとります。
ですから、こいつら全員堅気にさせますから、なんとか刑務所に行かんでもええようにして下さい」
 そないゆうて、法廷で手ついて頼んだ。
そうしたら、その裁判官が突然、ウチの若い連中に怒りだした。
 「君達も男だろう。ヤクザやっていて、なんでもかんでも頭のせいにする。
このまま山本被告が全部の罪背負っていったら、一生、刑務所から帰ってこられませんよ」
けどワシは裁判官にゆうた。
「裁判長さん。どうか堪えてください。ワシはどんな償いでもします。どうかお願い申し上げます」
ワシ、もう涙で顔があげられへん。
 けどこの裁判官は分かってくれて、ウチの連中はほとんど執行猶予にしてくれた。
どうしても刑務所に行かなならんのは前科があったり、別件持っとる連中や。
 ただ最後に裁判官にこういわれた。
「ただし山本被告、君が責任持って全員堅気にしてあげなさい」
「分かりました」
と法廷の天井が抜けるほどの大きな声で、ワシは男の約束したんや。
 そないして、とうとうワシの判決の日が来た。無期懲役でもなんでもええと思うていた。
そないしたら求刑が「懲役7年」

●25.決行の朝、本家の「手打ち」を知る

ワシらは親分の淡路会会長と涙流しながら、水盃を交わした。
あり金を全員で分配し、あるだけのハジキや実弾かき集めて、「死んだる!」ゆうて腹くくったんや。
 いよいよ殴り込み決行ゆうより、死にに行く日の朝を迎えた。
夏の暑い日だった。セミまでが、「死んだれ!死んだれ!」と念を押すように鳴いておった。
 いざ出陣という時に親分から電話が入った。
「アツム、すぐに来い!」ワシは親分の家に駆けつけた。
 ここも機動隊に囲まれておった。どぎつい身体検査受けて、やっと家ん中入ったら、
親分は死に装束を連想させるような真っ白な浴衣にへこ帯しめて床を背に正座して待っておった。
 ちり座して何事かと親分に向かい合った。
親分の第一声は、「アツム、このケンカもうやめや」だった。
 ワシ、最初は何のことゆわれたか、分からんかった。
ほんの2〜3秒やったが、1時間くらい沈黙が続いたように思うた。
 親分は”山口組への殴り込みをやめろ”と言ったんや。ワシ、えらい大声出した。
「やめとけ、やて!なんでんの!話が違うやおまへんか。そんなこと辛抱できまっかいな!」
「オレの言うこと聞けんのかい!」
 「聞けるかい!」とワシは半分やけくそな声を出した。
そりゃ、聞けるわけはない。頭の中は死ぬことしか考えていなかった。
若い者も死ぬ腹決めとる。水盃まで交わしとるやないかい。
 親分の怒声が続いた。
「オレの言うことが聞けんのかい!根性入れて、聞けんゆうとるんやな。
よし、そんなら、破門じゃい!」
 ヤクザの世界は、親分の言うことは白でも黒と言わにゃあならん。ワシ、本気で親分に逆ろうた。
夏や、スイカが出されとった。真っ赤なええ色や。色で売り出すスイカでさえも、中に黒いタネがある。
浪曲の一節じゃないが、こんな時のことをゆうんやろか。
 「破門もクソもあるかい!」とゆうて、ワシ、そのスイカを親分にぶつけたんや。
「親分殺して、ワシも死ぬんじゃ」と、一瞬、ほんまに思うた。
 結局、本家の諏訪組の方で手打ちの話がついてしもうてた。
本家の決め事には、うちの親分といえども逆らえん。
ほんまゆうたら、親分もワシと同じくらい悔しい思いをしたんやろう。
 けど、そんなこと親分は全然、説明してくれへん。これがヤクザ社会いうもんや。
ワシかて分かっとるが、腹の虫はおさまらん。
 その直後、本家の諏訪組から、「山口組系の組と手打ちするから来い」とゆう知らせが入った。
本来なら淡路会会長であるワシの親分が出席するのが筋や。
ところが、なぜか頭のワシに「来い」とゆうてきた。
本家の総裁の前で大粒の涙
元山口組系の組と手打ちするから、その打ち合わせのために諏訪組の本家に来いゆう連絡があった。
「そんなもん行けるか」とワシはゆうたが、そうもいかん。なにせ本家からのじかの出頭命令や。
 いくら頭とはいえ、本家のことで、親分の代役が務まるわけはない。
総裁ゆうたら、ワシなんか口どころか、側にも立てん人や。
けどワシに来いゆうことは、何かあるんやろう。けどワシはそんなことおかまいなしや。
 本家に行くと、総裁がおって、みなピーッと正座しとる。ワシからみたらオジキばっかりや。
けどワシはもう破れかぶれ。ふてくされて、アグラを組んでおった。
礼儀知らずも何もあったもんやない。明らかにワシは浮いておった。ピーンと張りつめた空気や。
 本家の総裁が初めて口をきいた。
「オイ!山本。おまえ、ケンカもようせんと、逃げとったらしいやないけ!何が頭や!」
 冷や水ぶっかけられたいうのはあないなことをゆうんやろう。
ワシかて捨て身の覚悟で腹くくって、殴り込みに備えて姿を隠していたのを”逃げた”と思ったらしい。
 「何ぬかす!」ワシそう思うた。けどそんなセリフ、口からよう出てこん。
ひざがガクガク震えた。体全体がゆうこときかんぐらい震えた。金縛りや。
本家の総裁は真剣に怒っとる。納得していない。
 バシーッと、灰皿が飛んできた。総裁がワシめがけてぶん投げたんや。
けど、ワシ何もできん、何もゆえん。
本家の人間は正座して横に並んどる。ワシの目から雨みたいな大粒の涙が落ちてきよった。
泣くなんてもんやない。涙が吹き出してきよった。
 けどこうやって、元山口組系の組との手打ちの段取りはついた。
阪神懇親会の本部に手打ちに行ったら、その組の若い者頭は小指を切っとった。
うちの若い者とケンカして、抗争のきっかけになった相手や。
ワシにとっては面目丸つぶれの抗争事件の手打ちやったが、こないして相手も傷ついたんや。
けど、今でもその時のことを思い出すと、腹の虫が泣きよる。
だが問題はこれだけで解決せんかった。警察が動き出した。まず元山口組系の頭や若い者がパクられた。次はワシらの番や。ところが親分の運転手とか、ワシの運転手と下っ端の者から持っていく。
それからいもずる式にワシんとこの若い衆、26人がパクられた。
事務所の中は、差し入れや、弁護士やとてんやわんやになった。
 これだけの若い衆がいっぺんにパクられるゆうのは初めてや。
パクられた連中は大阪中の警察署に分散された。
本部の帳場は、当時の東淀川署に設置された。本部の四課ゆうたら、極道以上や。
 ワシはそんな中で、いつパクりにくるかと待っておった。それでもワシのとこにはなかなかきよらん。
「今度、パクられたら、当面出てこれんやろう」ワシそない思うて女連れで温泉に行った。
「逃げるんやおまへん。連絡あったらすぐに帰ってきまっせ」
 若い衆がパクられて2ヶ月ぐらい過ぎたところで、やっとワシの番がきた。
弁護士に付き添われて、本部に出頭したが、ワシ、こん時、ハジキを10丁ほど持参した。
けど半分はモデルガンや。残りのハジキも撃針を折っておいた。
 まあ最初は、拘留調書を取る。そこでこのハジキだしたら本部の4課の刑事がこない言いよる。
「オイ、頭。本部は所轄とは違うんだぞ。甘くみたらあかんぞ!こりゃ何や!」
もう極道以上や。
 「何やて、これ道具でんがな。これがワシのみやげでんがな」
「みやげやったら、マルがひとつ足らんのとちゃうか」
ワシ、カーッときて、
「足らんゆうのやったら、
そこらの一銭ポリが、よう使いもさらさんと腰にぶら下げとる拳銃を集めてこいや!」
「何ぬかしよる!」
 と、調べ室にワシの弁護士がいるのに、その刑事はワシの首をつかみにきよった
初日からこの調子や。そん時のワシの口上は、
「桜の花が咲いたからゆうて、帰してくれ言いませんでぇー」

●24.カチ込みされて「なぐり込みや!」

相手もなかなかのもんや、おはぎ2個とお茶を出してきよった。
ワシは、「この世で口にするのも、このおはぎが最後か」
とかみしめながら食ったが、そんなもん喉も通らない。
味なんか分からへん。やっとの思いでひとつ食った。お茶も飲み終わって、
「さあ、好きにやってくれ」と座り直した。
 ところが相手の組の連中は、またどこぞに電話して、
「今、おはぎ食い終わりました」と何やら報告しとる。そしたら、
「もう少しお互い事情を聴いて、ケンカすんならそれからでも遅うない。
一人で来た人間を殺すゆうようなことをしたら、山口の代紋に傷がつく」と相手が言いよった。
「送るわけにはいきまへんが、車呼びましょう」と言われ、その場は、殺されんと事務所の帰ったんや。
 この元山口組系の組との抗争終結後、ワシは警察に捕まったが、
取り調べの刑事がこの”おはぎ事件”を相手の調書から知って、
「ようそんな命知らずなことをやりよったなぁ」とビックリしとった。
 おはぎを食わせてもらったうえ、車に乗って事務所に帰ったら、
うちの若いもんは血相変えて、みんな戦闘服に身を固めてワシを待っておった。
「ごくろうはんです」と今にも泣き出さんばかりのヤツもおる。
 その直後や、”バババーン”と事務所にタマ撃ちこまれたんわ。
「なんや、話が違うやないか。お互いに事情を聴いてからちゅうのはウソやったんかい」
と思うたが、そんなんは後の祭りや。
 ワシはもう頭にきた。
「道具持ってこい!こうなりゃ、とことん行くぞ!」と大号令だ。
若い者にレンタカー借りてこさせ、車の後ろのガラス外して猟銃持たせた。短銃やない、散弾銃や。
 これやったら少々的に外れても当たる。
そない準備しておったら、また銃撃された。カチ込みの第二波や。
「ケンカにルールはないんでっせ」と相手の組から抗争が終わった後に言われたが、
その時は頭にカッカッカッーと血が逆流して、落ち着いて考える余裕もない。
 「こないされたら、黙っとられん。徹底的に行ったろ!」と先発隊を送り出した。
車1台に4人乗せて、全部で5台20人。殴り込みや。
 ところが、どっこい、相手の方が役者が上でんがな。
むこうの事務所はもう機動隊がガードしとるゆうやないか。
それも山盛りや。相手が警察に通報したのか知らんが、機動隊に守られた最強のトリデや。
 「手も足も出ません」ゆうて先発隊は帰ってきよる。頭ええいうか、先手先手と手ェ打ってくる。
あの山口組の中でも超武闘派と恐れられる組だけのことはある。さすがにケンカ慣れしとる。
ワシもあの時はええ勉強させてもらった。
 相手はハジキをバンバン撃ち込んでくる。後れをとったワシは焦る。
余裕を持った向こうは、本家に人を介して話を丸くおさめるちゅう動きもしてくる。
けど、ワシと親分の淡路会会長の面目は丸つぶれや。情けのうて情けのうて…。
このまま引き下がったら、ヤマモト・アツムの名がすたる。何のために極道しとったんか分からんわい。
突入を前日にみんなで涙の水盃
元山口組系の武闘派との抗争は約1ヶ月続いた。ワシの事務所にも機動隊が張りつき、
マンションに出入りする洗濯屋から出前持ちのお兄ちゃんまでみんな身体検査される。
 ワシの事務所と同じマンションに住むおばあちゃんから、
「頼むから、もうケンカみたいのはやめといて」とすがってこられた時は、
さすがのワシも返す言葉はなかった。
「おばあちゃん、すまんな、堪忍な」いうのが精一杯や。
 こっちの方も相手の事務所も機動隊にすっかり包囲されて、互いに手出しができん。
うっかりハジキなんぞ持って歩いたら、すぐにしょっぴかれる。
けど、情報を取って、どの辺を狙えと指示したり、だれそれが外出しとるいうことが分かる。
そして町の真ん中の商店街で、撃ち合いまでやってしもうた。
 そうこうしとるうちに、暴力団の親睦団体である阪神懇親会が見るに見かねて調停に動き出した。
手打ちの話や。
元山口組系の組の方はワシのとこにハジキをバンバン撃ち込んどるからカッコはついとる。
けどワシらはやられっぱなしや。本家の諏訪組の方からもそろそろおさめや、ゆうてくる。
 ワシ、淡路会の会長にゆうたんや。
「親分、このケンカもうアカン。組つぶす気でやるしかない。
天下の山口組の武闘派とケンカして、組つぶされるんなら上等でっしゃろ」
 親分も腹くくってくれた。「おお、行け!かめへん。オレも行く!とことん行こうやないかい」
淡路会の会長いう人はそないな人や。よそから借金してきた金も何もかも投げ出してくれた。
ワシは若いもんみんな集めて領置金(拘置中に使える金)持たせてこう言った。
 「警察にパクられたら、接見禁止になるやろう。しかも、その時には組がのうなってるかもしれん。
とにかくこの金でしのげ。
どうしても取り調べに絶え切れんかったら、すべては山本の指示でやったといえ。
女房や子供がいるヤツはいまのうちに会っておけや」
 警察がおろうが機動隊がおろうが、突入する覚悟や。親分もいう。
「こうなったらしゃあない。山口組の本家でもどこでも行け。オレが陣頭指揮を執る。
オレも死んだる!」
 単なる殴り込みやない。特攻隊や。そうはいっても親分を先に死なすわけにはいかん。
「親分、ワシも死にまんがな。親分を先に死なす子分がどこにいてまんの」
ワシこないゆうてみんなで涙流して水盃したんや。そんな時でも親分はこないゆう。
「けど、これだけは絶対に肝に銘じておけ。女、子供にだけは絶対ケガさせたらあかんぞ!」
親分は、これだけは念押しした。
 現場の責任者はワシや。ワシはそれこそ、
「もう警察がおろうが何がおろうが、とにかく行くんじゃ!」ちゅうもんですわ。
なんせワシなんか、何日も寝とらん。目のふち真っ黒にして、パンダみたいや。
拳銃を何丁もベルトにはさんで、今考えればそれこそ漫画やけど、その時は真剣そのものやったんや。

●23.元山口組系組との抗争事件

あれは昭和51年のことだった。ワシんとこの淡路会と、元山口組系のある組との間で抗争事件が起きた。相手の組はその後、山口組の分裂で一和会に行き、
今は解散してしもうたが、当時は超武闘派として恐れられていた。
 この元山口組系の組との抗争は、暴力団の51年抗争として大阪の新聞には何度もデカデカと書かれ、
大阪市民の皆さんには大変迷惑かけてしもうた。
今、懺悔の意味もこめて、この抗争事件の真相を語ろうと思う。
 事の発端は極めて単純だった。
ワシんとこの若い者が、元山口組系の組の若頭の補佐しとる人間と、飲み屋でケンカになって、
相手の頭をビール瓶でカチ割ってしまったんや。
 うちの若い連中も「このまま帰したらアカン」と思ったらしい。
けがをさした相手の頭をウチの事務所まで連れてきた。
ワシはある件で、1ヶ月前に刑務所から出てきたばかりで、このケンカがあった時は京都の家におった。
 うちは酒の上でのケンカはご法度や。
そこで、連中は、「親分の耳に入れないでなんとか済まそう」と相談したらしい。
 ところが、相手の素性を聞いたら、あの山口組の中でも武闘派で有名な組の幹部だと分かった。
「こりゃ、えらいことをしてしもうた」と思うたらしいが、もう取り返しはつかん。
頭をカチ割ったヤツは逃げてしまった。うちの若い連中は困り果てて、ワシに電話してきた。
 怒られるのは承知の上で、事のいきさつを説明した。
「とにかくやな、過ぎたことはしゃあない」
ワシがこう言うと、てっきり怒られると思っていた連中は、カラ元気がついた。
「」相手は “助けてくれ!” ゆうて泣き入れてます。いっそのこと、殺してしまいましょうか」
と興奮してゆうてきている。
 「アホか!丁寧に送り返せ!」と指し図して、車を呼んで帰らせた。
受話器を置きながら、ワシも内心は、「エライことになるかもしれん」と思った。
 淡路会の親分や、兄貴分に相談した方がええかもしれん。相手はかケンカ慣れしとるので有名な組や。
そこの組の幹部の頭カチ割ってしもうたんやから、ただでは済まんだろう。
もし、これがワシのとこやったら、問答無用でケンカや。
 そんなことをいろいろ考えていたら、家の電話が鳴った。事務所からや。
「頭、相手の組から電話がありまして
“うちのもんと知って頭カチ割ってくれたな。これで済むと思うな ” とゆうてきてますが…」
こん時、ワシは腹をくくったんや。
相手の組事務所でおはぎを食う
ワシ、バーッと大阪に行った。もちろん、相手の組事務所に乗り込む気や。
まず、淡路会の事務所に寄って、ワシが直接、相手の組事務所に電話した。
名乗ると、「コラァ!山口の者にこんなことさらして、ただで済む思うとんのかい!」
 「さっきウチで、頭下げて帰った頭いてますか」そないしたら、
「ただいま外出中です」言いよる。
「あんたとこの頭、ウチへきて “助けてくれ” といいますさかい、丁寧に送り帰してやったんですが、
どういうことですか。
組の頭の所作ゆうものがどんなもんか、これから、ワシがそっちに行かせてもらおうやないかい」
 とゆうて電話を切った。火事場のアホ力や。ところがうちの若い者が、
「一人で行ってはいけまへん」とゆう。
「アホかい。おまえら連れていって、ワシに恥かかせる気か」
ワシ、大阪のホテルでその元山口組系の組の迎えを待っておった。
その事務所に行ったら、若い衆が40〜50人おった。
バァーッと囲まれて、問答無用で両わきと後ろからハジキ突き付けよった。
 「おう、こりゃえらい歓迎やなあ。ところで組長おるか」と聞くと、
「留守だ」とぶっきらぼうな返事の上に、
「頭カチ割られて、男のみ間に傷つけられて辛抱できると思うのか」ときた。
 これが相手の最初の切り口上や。ワシもこうなったらしゃあない。腹くくった。
けどケンカするばっかりでは、頭失格や。話し合いの糸口はないかと思うて、
「うちは酒の上でのケンカはご法度や。お互い、ケガしとるんやから、見舞い見舞われでええやないか。
ワシも淡路会の頭やっとる人間や。こんな話をつけんと帰ったら、カッコつきませんわな。
若い者の粗相はワシが始末する。ケンカが嫌で、話するんやおまへん。
ケンカする前に、話し合いで済むことやったら、済ませるゆうのが筋とちゃうか。
だれか責任持って、話のできる人間はおらんのかい」
こないゆうても、だれも出てこん。
 そのわきで次々電話がかかってきとる。しかも、ワシに聞こえるように、こと細かく報告しとる。
そして、「殺してしまいましょう」なんてやってるわけや。
 こないなったら、もうどうでもええわ、と思った。映画の高倉健のセリフやないけれど、
自分とこの敷内で殺されるより、よその敷内で殺される方が極道冥利に尽きると腹決めたんや。
 「上等やで、好きにせんかい。
あんたとこの頭みたいにやな、謝って帰してもらって居直るような事はせんのや。
あんたらもケンカしてうちの若い者殺すより、ワシのタマ取った方がええやろう。
メザシの頭でも頭は頭や。殺しなはれ。
ただし死にみやげにひとつだけ聞いてやっておくんなはれ。ワシはおはぎが一番好きなんや。
殺されて解剖されて腹の中からおはぎが出てきたら、ここで食ったんやとみな思うやろう。
そないしたら、好きなおはぎ食って死んだんやから、
頭もさぞ満足だっただろうと思ってくれるやろう」とゆうてやった。