●33.昔の友の友情で「足を洗う」

 「ヤクザの組長の個展」か。
ええやないか、世間の笑いものになったろうやないかい。
ワシこないな気分でとにかく絵を描き始めた。
 というても、ワシも組の用事はあるわ、若い衆には嫌がられるし、
みんな寝静まってから、事務所で一人で電気つけてごそごそ描き始めるんや。
なんせ慣れんことやから肩も凝るし、腰も痛い。しまいには腕も上がらなくなってしもうた。
 いろんなの描こう思うけど、やっぱり子供の時分に見た田舎の景色ばっかり浮かぶ。
特に夕暮れとか、朝焼けや。
 大阪に来て白球を追っておった時も、刑務所に入っていた時も、
西の空が赤うなったら、もう故郷のことが恋しくなる。
 人間ちゅうのは汚れれば汚れるはど、心がすさめば、すさむほど、
純な時のことをとにかく思い出すわけや。そんな絵ばっかり、50枚くらいできた。
 その絵を、谷本に全部見せたんや。
「アッちゃん、これいけるで」谷本の目は本気やった。
そないして、谷本は一息おいてからワシにこうゆうた。えらい真剣な目やった。
 「アッちゃん。切った、ハッタ、義理や、人情やなんてな、高倉健の映画の中だけのことやで。
もう50の年になるんやし、僕たち友達に心配かけんと、安心さしてや。ヤクザやめたらどないや」
 ワシ、びっくりした。ヤクザやめるなんて考えたこともない。谷本の目が穏やかになった。
「アッちゃん、絵でも描いて世の中になんか残しや。僕がアッちゃんとゆっくりしたい思うても、
肩並べて町も歩かれへん。僕のこと思うてくれるんやったら、本気で考えや」
こう言うと、谷本の目は潤んどった。
 これが全身にガーンとこたえた。考えた。
オレの体はもう汚れきっとる。彫りもんも入っとる。前科もある。10本の指さえちゃんとそろっとらん。まして本家では何本かの柱のひとつになっとる。若い衆もおる。
 堅気になる、まして絵描きになるなんて、とてつもない問題や。とっても考えられんことや。
まいったなー思うて、そりゃ悩んで悩んで、悩み倒しましたがな。
背中の彫りもんの金太郎さんも熱だして、うんうん唸りだしたぐらいや。
 そないして悩んでおったら。
何十年も音沙汰なしやった浪商時代の野球部の友達から次々と連絡が入ってくる。
「谷本から聞いたんや。
アッちゃん、堅気になるんやてな。よく決心したな。あとのことは何も心配すんな」
「アッちゃん、命懸けで堅気になれや。
アッちゃんは人より強い男やろう。なんでもでけんことはないやろう」
「絵描きになるんや。ごっつい個展開いたる。これがアツムの堅気の第一歩や」
なかには「アッちゃん」とゆうてそのあとの言葉が続かずに、わいわい泣きよるやつもおった。
ワシもわいわい泣いてしもうたがな。
終 章
「堅気になる。絵描きになる」
このやっかいな決断は、谷本はじめワシの友人たちの友情のたまものやった。
 ワシはまず、最初に女房に相談した。
「オレ、ヤクザやめるで」けど、女房は信用せん。
そりゃ、そうやろう。かつて、
「女房、子供捨ててもヤクザはやめん」
と言い切ったワシの性格は女房が一番よく知っとる。
 「オレ、ヤクザやめるで」ワシはもう一度言った。
「ワシ、ヤクザやめる…」
あんまりひつこくゆうもんやから、女房もほんまかもしれんと思い始めたのやろう。
 「そやけど、ワシ、ヤクザやめてもやっていけるかな、
谷本や柿田が力になってくれるとゆうてるけどもな。これ以上迷惑かけられんし、
これまでも、実の兄弟もしてくれんようなことしてくれたもんな」
ワシ、そんなことをポツリポツリ言ったんや。
 女房が言った。
「パパ。死んでもこの恩返しせないかん。パパは強いんやから、やれると思うわ。
世の中にはパパより弱い人でも、大勢、しっかりやってるんやから、パパにできないわけはない」
「そうか」
 ワシは五分の腹づもりはできた。けど後や、後の始末や。これは死ぬ気でやらなならん。
「おい、けどまだ田舎のお袋にだけは聞かすなよ。びっくりしてしもうて、
それがショックで死んだら、これ以上の親不孝はないもんな」
 25年間、連れ添うた女房とこれだけ真剣に話したのは、後にも先にもこの時だけや。
ワシはとにかく前向きに考えた。
とにかく、堅気になる、絵描きになる。ほんまもんの前向きや。死ぬことになっても、悔いはない。
 こない思うたら、気が楽になった。
諏訪組のなかでも、特に仲良うしとる桜井好孝若頭のところへ行くことにした。
 ことの事情を説明した。
若頭は、最近のワシの様子から察していたかのようにこないゆうた。
「これから、一緒に力を合わせてやっていきたかったのに、残念や。
そんなええ友達も、絵を描く才能もあるんやし、オレとは違う。残念でしゃあないけど、やりや」
頭の目には涙が浮いておった。温かい男の涙や。
 ワシは頭の前に手をついて、
「えらい、すんません。おおきに。
決して頭の気持ちを無駄にはしません。頭も体を大事にして、日本一の親分になって下さい」
「おおきに、兄弟の分も頑張るわ。これからワシ、親分に電話入れとくさかい」
とゆうて、駅の近くまで送ってもろうた。
 それから、ワシは電車に乗って、西宮にある親分の自宅へ行った。
電車の中で、頭の言葉を思い出し、うれしゅうなって、涙がポロポロ出てくる。
恥ずかしいも何もない。前の座席に座っているお客さんの姿さえよう分からん。
 これからや、頭は理解してくれた。残る若い衆のことも保証してくれた。
親分はなんと言うやろう。あれやこれや思いながらワシは電車に揺られた。
 諏訪組、二代目組長、有末辰男親分はガウンを羽織って2階から降りてきた。
降りてくるなり大きな声でこないゆうた。
「今、頭から電話もろうた。
けど、アツム、季節の変わり目で頭がおかしくなったんとちゃうか」
ワシはきちっと正座して、
「親分、堅気にさしてください。
けじめが必要やったら、指でも手でも足でも、どんなカッコでもつけます。
けど絵を描くためにこの右手だけは残しておいてください」
 親分はえらい目でワシを見据えた。ワシも真剣や。一世一代の真剣さや。
「他のすべてのヤツらが堅気になっても、おまえだけは極道を続けると思うた」
親分は一瞬、淋しそうな顔をした。
 ワシは必死や。
「必ず日本一の絵描きになってみせます、親分」
「よし、分かった。きっちりと足洗え。盃もきっちりと返してもらおう。けど今の言葉忘れるな。
これはヤクザの親と子の約束じゃない、オレとおまえの男の約束じゃ」
 ワシ、次の言葉が出てこん。
ヤクザ社会では親と子の「盃」ゆうのは絶対や。ワシはここでもう一度、真の男の器量を教えられた。
親分だけが持つことのできる、ほんまもんの器量や。帰りぎわに親分はこないゆうてくれた。
 「アツム、絵の個展を開くときは、ワシにも案内状を送ってくれ。
若い衆連れんと、女房と二人きりで見にいかせてもらう。けど会場で、ワシの姿みても挨拶するなよ」
ワシ、もう言葉がない。深く深くお辞儀をしただけや。
 そして次は辛い別れや。若い衆になんと言えばええか。
ワシは一ヶ月間、悩んだ末、色々話し合うた。若い衆はワシが堅気になることを許してくれた。
「ワシ、3年間、刑務所に入ったつもりで、死に物狂いでやる。
何の力にもなれんが、辛抱してくれ」
最後に、ワシは初めて若い衆の前で両の手をついて詫びを入れたんや。
 ワシがヤクザやっておって築いたすべてのもの、
義理、人情、憎愛、シノギ、面子、すべてを捨て、ワシは裸一貫になった。
残されたものは、前科、刺青、なくなった2本の小指とすべて負の遺産や。
 ヤクザとの決別。ワシ、考えた。悪いことばかりやってきた。
ワシの知るところ知らんところ、大勢の人の恨みを買うてきたやろう。
無数の恨みがワシに「地獄に落ちろ」と囁いておる。
ワシ、そのすべての業と正面から向かい合って生きていかなならん。
苦しゅうなった。息ができん。押しつぶされる。
 ワシ、筆をとった。お地蔵さんの絵を描いた。
むやみに描いた。ただ一心に描いた。ワシにできることは絵を描くことだけや。なんちゅう辛いことや。
こないして描きとめた絵が100枚になった時、
ワシの友人たちはえらいごつい最初の個展を開いてくれた。しかもすべての絵が完売や。
 後戻りはもうでけん。
ワシの絵がええ絵なのか、どうなのかほんまゆうたらワシはまったく分からん。
物珍しさが優先して買うてくれる人も多いやろう。けど、これかて感謝せなならん。
 ワシ、もう野心も物欲もない。ただたったひとつだけ夢がある。
日本全国の家にワシの絵が飾られる。その絵を見た人が辛くなったり、挫けそうになった時、
ワシの絵を見て、
「あんな人でもできたんや」と思うて自信と勇気を取り戻す。こないな絵を描きたいんや。
ワシはやるで、絶対にやる。
ワシは学問もない、師と仰ぐ人もいない。
この汚れ切ったかもしれん五体のすべてを絵筆にかけるんや。
必ず、日本一の絵描きになったるんや。
なれるはずや、これほどの大勢の友の温情がワシを応援してくれとるんや。
ワシの師は数えきれんほどの友情や。日本一になれんわけがない。
                                 合掌

●32.「もう一度、絵を描いてみたらどうじゃ」

「そうやのぅ、おまえも会社やっとるしなぁ。300人からの社員の面倒見なならんしな」
ワシはこないゆうた。内心はがっかりや。
 浪商の野球部時代の友人で、実業家になった谷本勲のとこへ金策に行ったが、失敗や。
谷本の返答は友情あふれておったが、どうにもならん。
「悪う思わんといてや。オレ、アッちゃんのこと好きやしな」
 ほんまに辛そうな顔して、目に涙浮かべて、オレの手を力一杯握りながらそうゆうてくれた。
その頃、谷本は美術品に興味を持っておって、何十億ちゅう金を注ぎ込んで、収集しておったらしい。
 「アッちゃん。そないなことより、一度、ゆっくりとワシの集めた美術品を見てみい。
今の日本は平和や。これから、必ず文化の時代が来る。それもほんまもんの文化の時代や。
銭儲けのための文化やないで。オレも商売やって金儲けさせてもらった。
その恩返しに、いつか大阪に日本一の、どでかい美術館を建てるつもりや。
そういや、アッちゃんも昔は絵が好きやったやないか」
 ワシはそんなことすっかり忘れておった。
谷本に、ゴッホの絵や、モネの絵やといわれ、見せてもらっても気になるのは何十億円ゆう値段だけや。
 「そうやな、絵ちゅうもんもええもんや」
とワシゆうたが、なにがええもんか。ええのは値段だけや。困っとるのは借金や。
 「アッちゃん。浪商の時、絵を描いて賞もらったこともあったやないか」
谷本はえらい古いことをワシに思い出させた。
浪商の野球部に入ったんはええが、ゴンタばっかりやっとるから、すぐに休部にされてしもうた。
 暇をもてあまして、放課後は町に出掛けてはケンカするか、
他の部活に顔を出しては嫌がらせをしておった。ある時、美術部の教室をのぞいた。
「おいこら!貸せ!」ゆうもんで、キャンバスを占領して、
「なんでもええ、絵の具出さんかい。筆貸さんかい」とゆうて勝手になんや油絵を描いた。
 そないしたら、美術部の顧問の金光成文先生がワシのとこに近づいてきて、
「ほう、山本ええ絵描くやないか。なんやったっら、野球を断念して、この道に進んだらどないや」
とゆうた。けどそんなんは、「あほらし」とゆうもんや。
そん時は絵描きなんて男のやることやないと思ってた。それ以来一度も美術部には行かんかった。
 それからしばらくして、ある日の朝礼の時や。
校長が、「山本集君の絵が入選しました」という。
ゴンタやっとるワシが絵を描くなんて誰も想像もできん。
 ワシかて、人ごとやと思って、
「オイ、オレと同じ名前のヤツがおるんかい」そんとき谷本やハリ(張本勲)が、
「オイ、アツム。やっぱり、おまえのことやないか」とゆうた。
「なんでワシなんや、ぼけ」とゆうたぐらいや。
 美術部の金光先生が勝手にワシの悪戯描きした絵を展覧会に応募したんや。
その絵が入選したゆうことを谷本は覚えておったらしい。
「アッちゃん。もう一度、絵を描いてみたらどうじゃ」突然、谷本はそないゆうた。
事務所で絵を描き始める
「絵、描いてみんか」
と浪商の野球部時代の友人で、実業家の谷本勲にいわれ、ワシは組事務所に帰り、何枚か描いてみた。
もちろん絵描きになるなんてことはちいとも考えていなかった。
 なんちゅうか、ヤクザやっとるワシが昔の友達と辛うじて負い目を持たずに、接点を持てるゆうか、
共通の話題を見つけたゆうか、そんな気分や。
そんなもんでもなければ、ワシは正面玄関から昔の友人のとこに会いにいけん。
地獄で見た一本の蜘の糸や。
初めての絵は水彩画で色紙に描いた。それを持っていったら、谷本が、
「アッちゃん、ええやないか。もう一回本格的に描いてや。これで絵の具買いや」
ゆうて500万円の金を、ポーンとくれよった。
 「これはバクチしたり、若い衆にやる金やないぞ」と谷本は念を押した。
ワシ、ほんまゆうとこん時、この500万円の金に困っておった。けどこれは友情の金や。
 後ろ髪ひかれる思いで若い衆2〜3人連れて、画材屋に行った。
なんせこっちは一目見ただけでヤクザゆうカッコしとる。
 びびっとる店員に、
「オイ、絵を描く道具や絵の具やら全部そろえてくれや。何から何まで全部や。
みな日本一の絵描きが使うとる一流品やで。細かいこと聞くな。とにかく全部そろえてくれや」
こないゆうて谷本から預かった札束を放り投げた。ほんま、ヤクザゆうのは下品で厭な生き物や。
こないして、組事務所で絵を描き始めた。
「親分、何してんですか。そんなカッコ悪いこと頼みますからやめて下さい」
と若い衆にこないいわれた。なんせ絵とかそんなの全然興味ない人間ばかりや。
 こっちは絵の具だらけになりながら、
「オイ、筆洗うとけ」「その絵の具、片付けとけや」
ゆうて、なんとか3枚ほど油絵を描いて、また谷本とこへ持っていった。
そないしたら、以前に持っていった絵がちゃんとしたどえらい額に入って、
ゴッホやモネの絵の間に飾られている。
 谷本が言う。
「アッちゃん、これ、いい額に入ったやろ。どうや、ちいとも見劣りせんやろう」
ワシ、もうびっくりしたわけや。
「オレの絵もこんなにようなるんかい」ほんまにもう、身震いするくらいや。
「アッちゃん。これ画商に見てもろうたら、えらいええゆうとるで」
 田舎の、故郷の絵や。
ヤクザが写生なんてそんなカッコ悪いことはでけん。ガキの頃に見た田舎の景色や。
他の絵を描こう思うてもキャンバスに向こうて筆を持ったら、田舎の絵しか描けん。
 次に持ったいった油絵も立派な額におさまった。
ワシまたしてもびっくりや。
「アッちゃん、ここに5億円ゆう値札がついておっても人は信用する。山本集の絵やといわんといたらな」
と大笑いや。谷本がゆうた。
「いっぺん、ほんまもんの個展しようや。
ヤクザの組長の個展いうたら、みんなびっくりしよるで。やりや」

●31.「オジキ襲撃」で知ったヤクザの器量

「夜分ごめんください。ワタシ、淡路会の山本いいます」
やっとの思いで、ワシはオジキの家の敷居をまたいだ。何度かの声で、姐さんが2階からおりてくる。
オジキは寝室ではなく1階の応接間で寝ておった。
 「夜分遅くすいません」
ワシ、靴を脱ぐのも忘れて上がりこみ、すでに右手にはハジキを握っておった。
多分、顔に血の気はなかったやろう。口も渇いてカラカラや。
 オジキも姐さんもすでに事情は飲み込んでいた。ワシは右手のハジキが気になってしょうがない。
「山本さん、かんにんしてやって」と言いながら姐さんがワシの膝元に両の手をついた。
ワシは必死になってソファにいるガウン姿のオジキを見据えた。
銃口はオジキの心臓を確実にとらえておった。
 その時や、オジキはワシの親分の名前を出してこないゆうた。
「トシちゃんは、ええ若い衆もったもんや」
こん時、こない言われないで「なんじゃ」とか「待たんかい」言われたら、
ワシは確実にハジキぶっ放したやろう。けど、この一言で一瞬我に返ったんや。
こんな場面でこんな言葉をゆうとは、さすがは本家の大幹部や。キャリアが違う。
 「オレのタマ取りにきたんなら、やる。あわてることはない」
オジキはこないゆうて、煙草をくわえ火を付けようとした。
だが、オジキの手はぶるぶると震え、よう火がつかん。煙草とライターの火が接触せんのや。
 「まあ、道具おけや」こないゆうオジキの声も上ずっておった。
ワシは物を言おうと思っても喉がカラカラで声にならん。ワシの手からハジキは離れない。
実は置こうと思ったが、手が指が、ハジキに食い込んでとれんのや。
もう一方の手でしゃちこばった指を一本一本ほぐしてやっとハジキがワシの手から離れた。
 これを見て、オジキは突然、床に両の手をついた。
「ワシが悪かった。どんなことでもするから命だけは置いてやってくれ。
トシちゃんに電話さしてくれ。どんな格好でもつける」
 オジキは震える手で親分の家に電話した。ワシは一瞬でも目を離さない。
もしオジキがなんやしようとしたら、ワシの目の前にあるチャカをブチ込むつもりや。
オジキは親分に事情を説明しとる。
 ワシに受話器を取れゆう。親分の声が聞こえる。泣き声や。
「アツム、すまんのう。何もせんと帰ってきてくれ」ワシ、親分に従った。
オジキの見ている前で、ゆっくりとハジキを懐にしまいこんだ。
オジキはワシと一緒に親分の家に行くゆう。
 親分は家で待っておった。ワシ、床の間に両の手をついて親分に謝った。
「親分、出過ぎたマネしてすいません」
親分はワシには鷹揚に頷いた。と同時に、本来なら兄貴格のオジキを、
「オイ!」と急に呼び捨てにした。
オジキは黙って頷き、「すまん、すべてワシが悪かった」と詫びを入れてくれた。
これがヤクザ社会というもんや。
 こんなことがあった数日後、当時、淡路会の副会長をしとったワシの兄貴分から、
「ちょっと付き合えや」といわれ、ある喫茶店まで行った。
そしたら、先日のオジキが来とった。
 その時の兄貴分の口調は、本来なら「本家のオジキ」と遠慮して呼ばなければならないはずなのに、
「兄貴!」とオジキをいかにも馴れ馴れしく呼ぶんや。
ワシはびっくりした。
 次にもっとびっくりした。兄貴分は分厚い紙封筒を取り出して、
「兄貴、これちょっと預かっといてくれまへんか。ウチに置いとってもしょうがおまへんのや」
ポーンと出した紙封筒をみたら、500万円もあったやろう。
その金額は、先日のワシの「オジキ襲撃」で、オジキが親分に詫びとして届けた金額と同額や。
 オジキはその金を手にして、「うん」とまるでまんじゅうを一口に飲み込んだように、頷いた。
そこでワシの兄貴分の言葉や。
「兄貴、うちの親分は井の中の蛙や。世間を知りませんのや。
今後共ひとつよろしく頼んまっさ。なんとか本家の頭にさしとうまんねん」
 これや、こっれがヤクザのほんまもんの器量や。
ワシにはこんなマネできん。知恵もない。これもヤクザなんや。
苦しさでついに、昔の友人のところに
 本家の諏訪組の若い衆になり、山本組の若い衆も60人からに増えた。
そうこうしとると、本家の総裁が亡くなった。二代目をつくらなならん。
先輩や兄弟分と話し合って、以前、本家の若い者頭をやっとった人に二代目を継いでもらう事になった。
 しかし新しい組織作りゆうたら大変なこっちゃ。なんといっても金がかかる。
ワシらはもう組の柱としてやっていかなならん。
発言力もあったが、なんか嫌なことがあったら、それも率先してやらなならん。
 今のヤクザ社会や、金は力なりや。そうなると、シノギの下手なワシには苦しゅうなってきた。
ワシははんまにシノギがへたやった。金銭感覚がまったくないんや。
淡路会の会長がおったときは、金がなくても「なんや金か。あらへん」ゆうようなもんでやってこれた。
それかて親分が面倒見てくれたからや。
 その頃、ついたあだ名が、「居直りの熊」や。借金して、追い込みにこられると、
「すんまへん、すんまへん」と頭を下げる。とにかく低姿勢や。
そないしておると、相手が調子に乗ってワシのことを呼び捨てにする。こないなったらこっちのもんや。
 「なんや、あんた今、ワシのこと呼び捨てにしましたな。
ワシは借金があっても、あんたに呼び捨てにされる覚えはないでぇ」
ちゅうもんで、メチャクチャな理屈つけて開き直る。これが「居直りの熊」や。
 だが、本家の若い衆になり、かつての兄貴分が二代目になったら「居直りの熊」だけではようすまん。
それでどうしたかというと昔の浪商時代の野球仲間にまで迷惑をかけることになってしまったんや。
 ワシはヤクザやっておったから、彼らに迷惑かけたらあかんと肝に銘じておった。
野球仲間は団結力が強くて、社会人になっても、なにかあると集まり、誰ぞが困っているのを聞いたら、
みんなで集まって助ける。誰かにめでたいことがあれば、すぐに祝いをする。こういう連中や。
 浪商野球部の同窓生で高志会ゆうのを作っておった。
浪商野球部には400人からの新入生が入部した。けど同級生で最後まで残ったのは26人や。
ワシらは十一期生やった。高校の「高」に、十一の下に心を付けて「志」、これで高志会や。
ワシもあとでヤクザやめてこの高志会に入れてもろうた。
 こういう連中やからこそワシは迷惑かけられん思うてきた。
実際の話、ワシが刑務所に入っとる時も、女房や娘のために色々な世話を焼いてくれたのも彼らや。
 「ヤクザになったアツムにはないもする気はない。
ワシらが、女房や子供の世話するのは、ヤクザになったアツムではなく、
ワシらのアツムの女房であり子供だからや」とこないゆうてくれた友達もおった。
 仲良しやったハリ(張本勲)も実業家になった谷本勲も
ワシの知らんとこでほんまに色々と気をつかってくれた。
 今、考えるとワシも相当焼きが回っておったんやろう。
あんだけ昔の友人に迷惑かけてはあかんと思っておったのに、とうとう親友の谷本のところや、
接骨院の院長してる柿田正義、大手旅行代理店の偉いさんになった仁井幸世、
先輩の肘井康治らに金策に行ってしもうた。
 ある時、谷本のところへ行った。
谷本は嫌な顔をするどころか、ワシの手を握りしめて、自分が経営しとる会社の会長室に通してくれた。
過去に谷本は、ワシが出所するたびに、なんか商売せぇと、数えきれんほどの金を援助してくれた。
 「すまんがな、また、金を都合してほしいんや」
ワシは挨拶もそこそこにそないゆうた。谷本がワシを暖かく迎えてくれればくれるほど、
ワシは肝心な用件を切り出すことができなくなると思うたからや。
 谷本は不躾な来訪者に対して嫌な顔ひとつせず、にこにこ笑いながらこないゆうた。
「アッちゃんと僕は親友やないか。なんぼヤクザしとっても関係ない。
アッちゃんが、本気で更正するんやったら、ヤクザやめるんやったら、
僕はなんぼでもお金は出すし、協力も惜しまへん。
けど、バクチしたり、拳銃買ったり、ケンカ道具集めるための金だけは、絶対、出さん」

●30.義理と人情の板挟み

ヤクザ社会には、一宿一飯の恩義ゆう言葉がある。
義理、人情ゆう言葉と同じように何かというと、使われるが、
この言葉の本当の意味での使われ方は、辛いもんなんや。
なんせこの言葉の使い方ひとつで、命のやり取りをすることもある。
 たとえば、ワシは、ウチの組の若い衆には、たとえワシの兄弟分でも、なるべく世話になるな、
飯もご馳走になるな、小遣いも貰うなとゆうてきた。
 ワシの兄弟ゆうたら、若い衆からみたらオジキにあたる。
なんでオジキの世話になるなというと、一度でも世話になったら恩義というやつがついてまわる。
そないするとどうや。もし万が一にでも、ワシとその兄弟分の間に、いさかいごとでも起きたら、
ワシの若い衆は時と場合によっては、ワシのためにオジキを敵にまわさないかん。
 若い衆にとって親分のいうことは絶対や。かといってオジキにも恩義がある。
ここが辛いところや。義理と人情の板挟みちゅうこっちゃ。
ヤクザ、やっておって何が辛いかというと、この人間関係が、一番しんどい。
特に恩義を土足で踏みにじらにゃいかん場合がある。
 ワシも、こんなことがあった。
ワシの親分の淡路会の会長が、兄弟分と一緒にある仕事をやった。
親分の兄弟ゆうたら、本家の若い衆や。
しかも、組のナンバー2か3で、ワシの親分より格は一枚も二枚も上の人や。
 ある日、ウチの親分とそのオジキが一緒に仕事に出掛けて、同じ飛行機で帰って来よるゆう。
ワシは兄弟分と若い衆連れて、飛行場まで迎えにいった。
 タラップから降りてくる親分の顔を一目見るなり、ワシらはピーンときた。
親分は明らかに不機嫌な顔をしている。オジキと何かあったと、はっきりと顔にかいてある。
 「ごくろうさんです。お帰りやす」とゆうて、ワシは親分の側に寄り添うようについた。
オジキのほうにはオジキの若い衆が迎えにきとる。
向こうは向こうでオジキをガードするように囲みよった。なんやいつもと違う雰囲気が流れよる。
 一緒に乗り込んだ車の中で「親分なんぞありました」
とワシが訪ねると、親分は身震いしながら、ワシの手をしっかりと握りしめ、
「やめとけ」「やめとけ」と二度、念を押してゆうた。
 ヤクザの社会で、親分が二度「やめとけ」ゆうたら「やれ」ゆう意味や。
これ以上親分に聞くことはない。
 ワシは独自に調べた。
するとワシの親分が、そのオジキにメンツを潰されたうえ、ヘタ打たされたことが分かった。
こうなったら、本家の人間であろうが、オジキであろうが、親分をこけにさらす奴は絶対に辛抱できん。
親分のために、大仕事
親分のためや。
たとえ本家の人間であろうが、ワシがどんなに尊敬しているオジキであろうが、やるしかない。
けど行くからには腹をくくるしかない。
 ワシ、珍しく明るいうちに京都の家に帰った。
女房に、「風呂わかせ、サラの下着用意せい」とゆうて、体を清めた。
そないして、お稲荷さんにもロウソクともして、柏手をうった。
 「今回は、うまくいっても、刑務所に10年は行かなならん。ヘタ打つと死ぬことになるやろう。
けど行くんやったら寝込みがええやろう」
こないなことを考えながら、まだちっこい娘二人を抱き締めた。
 「不憫な子や。いっそのこと絞め殺したった方が、こいつらのためちゃうか」
ワシそんなことまで考えながら、そうとうきつく抱いてしもうたんやろう。子供が痛いゆうて泣きよる。
それで、我に返ったぐらいや。
 女房も何か感じたやろう。けど何もゆうてこない。
当たり前や。何かゆえばワシにド突かれるのがオチや。
 この「オジキ襲撃」は、ワシの兄貴分と一緒にやる腹づもりやった。
兄貴分との待ち合わせの場所に行った。
 けど約束の時間が1時間過ぎても、兄貴分の姿は見えない。
腹のベルトに差し込んだ38口径のリボルバーの拳銃がだんだん冷たくなってきよる。
そのせいか下腹部がやけに重たい。何度も尿意をもよおした。
 兄貴分はついに現れない。あとで聞いた話やが、そいつは元気な子供を無理矢理病気にして、
救急車を呼び付けて病院へ行ったという。なんや頭がええ。できたらワシもそないしたかった。
けど今まで、誰もワシにそないなことは教えてくれん。
ワシが教わった極道教育の中にはそんなことはひとつもなかった。
 ワシが教わったには、ただ闇雲に、
「行け!何があっても行け!」ということだけや。
 しゃあない。ワシひとりでオジキの家に行った。オジキの家の前に着いたのは午前2時ごろやった。
けどオジキの家の前を行ったり来たりや。近くに駐車場がある。そのかげでハジキを確かめる。
 6連発式の弾装にはきっちりと実弾が5発入っとる。
ジャンパーのポケットには予備のタマが20発入っとる。
手のぬくもりで、冷たいはずの実弾が汗ばんでいる。
また、しょんべんがしたくなった。けどもう水滴もたれてこない。
チンチンが手で握れんほど小さくなっとる。
 煙草をくわえる。もう何本目や。もう一度オジキの家の方へ踵を返す。けどまた通りすぎた。
これから襲撃するオジキのことをまた考える。ワシから見たら物も言えん人や。
ヤクザの手本みたいな人や。いくつかの武勇伝も聞いとる。憧れておった人や。
 大仕事や。親分のためや。
「オレが死ぬか、オジキのタマを取るか」
もう煙草もない。ちびるしょんべんもない。
東の空が明るくなり始めてきた。もうこれ以上、周囲をウロチョロはできん。

●29.父親が死に際に見せた顔

あれは元山口組系の武闘派の組との抗争中のことだった。ワシの実の兄貴から電話が入った。
「アツム、心して聞け。めったなことではオレはおまえに電話はしない。
家族はみんな、おまえはもう死んだ人間や思うている。
死んだ人間に電話するゆうのも変な話しやが、実は親父が危篤だ。
もう長いことはない。どうするかはおまえが判断しろ」
 ワシの親父ゆうたら、
教育者でワシの故郷である奈良の五條市の南宇智村丹原いう村の村長までやったことがある人や。
先代からの材木屋をしっかりと受け継ぎ、ほんまに立派な人やった。
 バクチ、女はもちろんのこと酒も飲まん。
ワシなんかガキのころからゴンタもんやったが、親父に一度も殴られた記憶がない。
兄貴はこの親父によく似ておって大学をでて学校の先生になり、
そのあとで生命保険会社にスカウトされた堅物や。
 親父が危篤と聞いても、普通のワシやったら気にもかけんかったやろう。
ヤクザやるゆうことは実の親と縁を切ることや。ワシかてそのくらい覚悟のうえで極道になった。
けどそん時のワシはちいと違った。
あの元山口組系の組と事を構え、死んだるゆうて、目のまわりに隈をつくってピリピリしておった。
いうてみれば魔がさしたんやろう。
 ワシ、ふらふらと実家に行った。親父はもう虫の息やった。
お袋や、兄妹、親戚、村の有力者、材木屋の番頭なんかが家に詰めておった。
兄貴はワシの顔を見るなり、ちょっとだけ戸惑った表情をみせたが、何も言わずに、
「上がれや」とゆうた。
 ワシ、親父が病臥しとる座敷に通された。ガキのころよく悪さしてかけずり回った部屋や。
家のかすかな匂いも、懐かしいゆうか、ワシの記憶にある匂いや。
親父のまわりには、お医者さんと看護婦さん、それにお袋、姉や伯父連中がいた。
ワシは兄貴の背中に隠れるようにして、でかい体を縮めながら正座した。
 最後に会ったのはいつか。15年か20年前か。それさえ思い出せん。
シワクチャになった親父の顔は穏やかな表情をしている。病のせいか、体全体が小さくなったようや。
 お医者さんの聴診器が心細そうに、親父の最後の心音を拾っている。もう意識はないやろう。
お袋が親父の耳に顔を近づけて言うた。「お父さん、アツムですよ」とその瞬間や。
親父が目を見開き、顔をこちらに向けた。ワシ必死になって兄貴の肩に顔を隠した。
けど親父はワシの顔を見逃さない。
 すごい形相や。ワシを睨みつけた。こんな怖い親父の顔は、ワシ生まれて始めて見た。
「ご臨終です」医者がポツリと言いよった。
気性の激しいお袋の心づかい
一度は、ヤクザから足を洗おうと決心したが、やはり、やめることは簡単にはできんもんや。
結局、諏訪組の本家の若い衆になり、また山本組を構えた。
直参のワシの若い衆も50〜60人に増えよった。ここでまた苦労したのが金や。
 淡路会におったときも金では苦労したが、
なんやかんやゆうても親分である淡路会の会長が面倒見てくれた。
それに淡路の町にはワシのファンもようけいた。小遣いには不自由せんかった。
覚醒剤はアカン。女で飯食うのはアカン。こないゆうとるから、若い者もシノギづらいゆうてくる。
 そのころからヤクザ社会の流れが急速に変わってきた。
義理や人情ゆうても銭がないことには話にならん。
ヤクザ組織も次第に企業化されるゆうか、
いくらケンカが強くてもだれも認めてくれんどころか、迷惑がられる時世になってしもうた。
 ある時、どうしても2000万円が必要になった。いくらかき集めても、あと300万円足らん。
ワシ、恥を忍んで実家のお袋に、金の無心に行ったんや。
 ワシのお袋ゆうのは親父と正反対の性格で、気性の激しいおなごや。
北海道のお寺の娘に生まれて、道産子娘特有の面倒見のよさゆうか、男勝りの性格や。
 かつて、うちらの村に、ある新興宗教が入ってきた。
ここはえらい過激で、仏壇を焼き払ったり、先祖の墓を掘り起こしたりしよる。
これは許せんゆうて、一人でその新興宗教の会合に乗り込み、抗議し説教した武勇伝があるくらいや。
 そしてお袋は機会あるごとに、
「アツムがあないして、ヤクザになってしまってのは、自分の因果や」
ゆうていつも仏壇に手を合わしていたとゆう。
 ワシは深夜に実家の敷居をまたぎ、金を無心した。すると、お袋はほんまに辛そうにこないゆうた。
「情けない。ヤクザゆうても、
ちゃんと一家を持って、親分といわれとる男がなんで300万円ぐらいの金のことで来るんや。
1〜2億円の金がないんやったら分かる。そないな子に育てた記憶はない」
ワシは黙って俯いとるしかない。
 「まあええ。今夜はもう遅い。床をひいてやるから寝ていけ。
ただし、お日さまの昇る前にこっそりと出ていけ。誰にも顔を見せんとな。誰にも挨拶せんとな。
おまえにはそれが一番、似合うとる」
 実のお袋にこないゆわれて、こんな情けないことはない。
翌朝、コケコッコーも鳴いとらんうちに、こそこそと抜け出そうと、起きた。
そないしたら、ワシの枕もとに、きっちりと300万円が置かれておった。
 ワシは手を合わせてその金を懐に入れて、お袋との約束通り、
音も立てずに忍び足で背中を丸めて実家を出てきたんや。