●22.ワシの「極道の妻」との出会い

 「極道の妻たち」ゆう映画を見たが、ワシの女房はあないにカッコ良くはない。
ヤクザも東映の映画のようにはいかんのと同じようなものや。
 こうゆうとみんなびっくりするが、ワシは結婚は一度しかしとらん。
そりゃあ、女遊びはやったが、女房は一人で十分や。
 浪商の野球部でハリ(張本勲)と一緒に甲子園目指したが、
ワシがあんまりゴンタしたせいもあってか、出られなくなってしもうた。
ハリは憧れのプロ野球に入れたが、ワシには声はかからん。けど野球はやりたかったんや。
 実は、これは初めてゆうが、ワシ、智弁学園の監督する前に、
丸善石油で社会人野球をやったことがあるんや。こん時に今の女房と出会った。
社会人野球ゆうても、野球だけやっとればいいゆうわけにはいかん。
やっぱり朝はちゃんと出勤せにゃならん。
 奈良から大阪まで電車に乗って、丸善石油の本社まで行った。
こん時、同じ電車乗っとったのがワシの女房や。
まあ、ピンと来て、いきなり声かけた。
「ワシと一緒になれ」これだけや。
 ところが、田舎町には結婚する前に「聞き合わせ」ゆう習慣がある。
つまり、両家の家族が、近所の人に相手の人柄や家柄なんかを聞く。
考えたらこれは便利や。興信所なんぞ使う必要ないからのう。
 ワシの家は材木屋やっておったから、家柄は問題ない。
問題はワシや。田舎町じゃ、ワシはゴンタで有名や。警察に捕まったこともある。
 女房の兄貴が、ワシの近所の駄菓子屋に聞き合わせに行った。
そこのオバさん、警察の人やと勘違いして、
「アッちゃん、また何かワルサしたんか」と聞いたという。
 聞き合わせの結果は明らかやろう。
しかも、ウチの兄貴が女房の実家に行って嫁さんの前で、
「ウチのアツムは性格はいいんだが、我儘に育ったせいか、ケンカっ早いし、金使いは荒い。
今でこそ勤め人やっとるが、将来どんなもんになるか分からん。
だからアツムの嫁さんになるのはやめた方がええ」とゆうたらしい。
 最悪や。ところがワシの嫁さんも変わってるのか、それでもワシんとこに来るゆう。
ワシも相当、変わってると思うが、女房もほんまに変わってまっせ。
そないして結婚して娘が二人できた。
 兄貴の予言通りワシはどんどん道を踏みはずし、はずしついでにとうとうヤクザに迄なってしもうた。ワシは離婚届にハン押して、それを女房に渡してあった。
ワシに何かあったらいつでもそれを出したらええ。ワシの女房孝行はこれだけや。
娘の教育も命懸け
結婚して娘が二人できたが、極道になってから家なんか数回しか帰らん。
しかも、極道時代の約10年間は刑務所暮らしや。家庭内離婚なんちゅう生易しいもんじゃない。
組長やっとるゆうても金なんぞ満足に家に入れたこともない。
 外では何百万もの金を使って、無一文なってたまに家に帰る。
翌日、子供の貯金箱ぶっ壊して、小銭集めて出かけて行ったこともある。
 どうしようもない父親やから、娘もグレたり、ワルサしとると思うかもしれんが、
残念ながら娘二人ともまともに育った。
 ワシの教育方針ゆうたらおこがましいが、きわめて単純や。
これは組の若い者に対してもそうやが、早い話がど突き倒すんや。
厳しいなんちゅう甘いもんやない。怒るときは顔が変形するぐらいひっぱたく。
それこそ命がけでやる。教育も命がけや。
 ワシは娘二人に姉妹のキズナを叩き込んだ。
何せワシなんか、おるかおらんか分からんような父親や。いつどこぞに消えてしまうかもしれん。
母親かてそのうちに死んでしまうやろう。最後に残るのは姉と妹の二人きりや。
 だから、どちらか一方がワルサしても、両方を叱るんや。連帯責任ちゅうわけや。
たまに学校のテストで悪い点取ってくる。そないしたら母親を怒鳴り倒す。
「おんどりゃ、ちゃんと見とかんからこないな成績もってくるんや。
子供の面倒ちゃんとみられんようなら、この家から出て行け。女のかわりならほかにもおる」
 こないゆうて母親を叱る。子供にしてみれば、母親がいなくなったら困ると思うやろう。
そうすると生活態度もちゃんとするし、勉強もするようになる。
 確か長女が小学校1年生の時に、学校でいじめられたゆうて泣きながら帰ってきた。
それを聞いた下の子が、仕返しに行ったゆう。
これがええか悪いかは別にして、姉妹のキズナだけは残せたと思うんや。
 ワシ、一度だけ家で泣いてしもうたことがある。それはワシが両方の小指詰めて家に帰った時や。
夜寝てても指がうずいてしようないわけや。
布団から包帯でグルグル巻きにされた両の手出してウンウンうなっておった。
 そないしたら、真夜中やのに二人の娘がパジャマ姿で起きてきた。
ワシの左右に座って、氷のう持ってうずく手に当ててくれるんや。
「父ちゃん、そないに痛い」
とゆうて、ちっちゃいガキが一晩中冷やしてくれた。
 ワシ、うれしいゆうのと、なんちゅうアホなマネしたかと思うて、涙が止まらんかった。
せつないゆうのはああいうのをいうんやろうなあ。

●21.ドイツ人と通訳通して追い込み

これは東京で警視庁にパクられた時の話や。
ワシの知り合いの材木屋やっとるおっさんが、ドイツ人から木材を輸入した。
注文したのは最上級のAランクの品物やったが、日本に届いたのはCランクの物やった。
 金はもう支払ってある。2億円ぐらいの損や。
クレームはつけたらしいが、そのドイツ人も、ヤクザまがいゆうか、マフィアまがいゆうか、
すんなりと認めんらしい。
 しかも、いつも5〜6人のボディーガードつけて、
なんでもそいつらはハジキ(短銃)も持ってるらしいゆう噂や。
 商売人同士のトラブルなら商売人同士でケリつけてもらうのが筋やが、
どうもそのドイツ人は堅気とは思えん。
外国のマフィアかなんか知らんが、そんなもん日本で大きな顔されたら、ワシら日本の極道の恥や。
 ワシはすぐにハジキ持って東京へ向かい、そのドイツ人が泊まっているホテルへ行った。
話するゆうても相手はドイツ語や。通訳入れてドイツ語で「追い込み」や。
外人相手に外国語で追い込むのは初めてやが、
日本語もまともに分からんワシが通訳介して外人を追い込むのは後にも先にもこれが初めてや。
 ところがそのドイツ人もワシらの素性を感じたのか、金渡すから手ぇ引いてくれゆう。
ドルでいいよった。ドルがなんぼのもんかワシにはわからんが、日本円にすると2000万円ぐらいや。
 「何ぬかしよる、このガキ!」
この大阪弁を通訳に言わせる。けど、通訳は義理とか人情ゆうの分からんゆう。
「日本のヤクザなめたらアカンで。ワシは義理あって話し合いに来とるんや。
ワレは、それを金で片つけろとはどない意味や。ワシの義理を安う買うてくれたな」
 ワシ、ハジキ出して、その銃口でドイツ人のこめかみグリグリ押しつけて、日本語でゆうたんや。
通訳は青ざめて、しょんべんちびりよる。ワシ、通訳を蹴り上げて、
「オレのいうこと伝ぇェ。向こうは何ぬかしとるんじゃ。ウソついたらあかんで、オンドレもいてまうぞ」
とゆうてやった。
 通訳はワナワナ震えて、
「そのギリは、いくらで買えるのか、といってますが……」
「アホンダラ!ワシの義理を安う買うてくれたな、いう意味は、義理の値段つりあげとるんやない。
義理いうのはなんぼ札束積んでも売り買いできるもんやない。ワレ、大学出とるんやろう。
そんくらい通訳できんでどないする。そんでもワレ、日本人か!」
 通訳はますます縮こまる。
ワシ、日本語で、
「ヤマトダマシイ、サムライ、ヤクザ、ギリニンジョウや。ハラキリ、ぶっ放すぞ!」
とゆうてチャカの撃鉄を起こした。
そないしたらそのドイツ人、土下座しよった。ワシの日本語の方がよっぽど通じるちゅうもんや。
情けある女検事に目こぼしされる
ドイツ人への追い込みは、大成功や。
ワシは上得意で、明日は金になると思うて、持ち金全部使うて、宿泊先のホテルへ1泊した。
そないしたら翌朝、迎えに来るはずの相手の社長じゃなくて、警視庁の私服の刑事が20人ほど来よった。
 ホテルはぐるりと警視庁の車やパトカーが囲んでいる。
しかも刑事連中は防弾チョッキまで着込んでる。
 ドイツ人の連中、あれから大使館に駆け込み、警察にタレ込みよったんや。
銃刀法違反に恐喝未遂、不法監禁、それに暴行と何でもかんでもつきよる。
 けど、ワシかて逮捕された時はハジキは持っていない。
刑事さんもさすがに日本人や、ワシの心情は理解してくれた。
けど、心情を理解しとったんじゃ刑事も商売にならんわな。
 ワシはこういう性格しとるから、パクられたら全部罪は認めるんや。その上で、
「今度は、関西じゃなくて東北の刑務所へ行きたい」
とゆうてやった。そないしたら取り調べの刑事はこう言う。
「山本、普通なら何とか言って罪を免れようとするんだが、あんたはそんなに刑務所に行きたいのか」
 「ワシかて行きたくはない。けど、外人にコケにされて、謝ってはおれませんわな。
やったことは現にやったんや。今ここへ来て泣きを入れるんやったら、初めからしまへんわな」
と、ワシはゆうてやった。
 そないしたら、刑事がえらいワシのことを気に入ってくれた。
検事調書を取ることになったが、こん時の女検事をワシのこと気に入ってくれた。
この女検事は梶原一騎(故人)なんかを起訴した人や。この人にかかったら大抵の者が起訴される。
とくにヤクザを毛嫌いしとる検事やった。
 その検事がこないゆう。
「あなたの考え方は古い。清水の次郎長以前のヤクザだ。
今の時代、そんな考えでヤクザをしていてはやっていけない。あなたは2世紀古い」
 ワシはもちろん起訴されて、何年かまたクサイ飯食うもんやと覚悟しとった。
ところが、罰金刑やという。ワシ、それ聞いた時、不思議な顔したわけや。はんまに不思議やった。
 そしたらその女検事が、「不足ですか」と言いおった。
結局、ワシが罰金10万円、ワシと一緒に同行した兄弟分が罰金8万円や。
 その女検事は別れる時にこう言いおった。
「山本さん、あなたはもう東京に来てはいけない。
あなたの顔を見ただけで2年か3年は刑務所に入れたくなる」
ワシは深々とお辞儀して、「えらい迷惑かけました。もう二度と東京へは来まへん。
あんたみたいに情けのある検事さんは初めてでした。
ヤクザしてへんかったら、惚れてたか分かりません。あんじょう、おおきに」
と、ゆうてやりましたがな。
 この事件は、当時の新聞にもデカデカと載った。
けど、こん時、思うたのは、警視庁の取り調べゆうのは屁みたいなもんや。
こないゆうたらお世話になった刑事さんには申し訳ないが、大阪府警とはえらい違う。
雲泥の差がある。あれじゃ子供でも泣き入れんやろう。さすがは日本の天皇陛下のお膝元や品が違う。
これは後から聞いた話やが、
ワシが追い込んだドイツ人は、再び日本に来た時、成田空港から大使館に電話かけて
「ジャパニーズ・ヤクザ怖いから機動隊を頼む」とゆうたらしい。
 日本のヤクザはちっとも怖いことはない。
おまえが筋さえ通せば、ワシら何も手出ししない。こないゆうてやりたいわ、ほんまに。

●20.金はなくともハジキは揃えた

 ワシはどんなに金がなくても、メシ食うのさしおいても道具だけはきっちりと揃えた。
ヤクザいうのは、商売でどんなに稼いでも、いざちゅう時にケンカできんようじゃアカン。
ケンカゆうたら道具の良しあしと、日ごろからの心がけで決まる。勝ってなんぼの極道社会や。
 道具いうのは、ハジキ(拳銃)のことや。
S&Wの38口径、ブローニングの22口径、コルトの米軍使用の45口径ゆうゴツイのもあった。
こんなもん全部、ほんもんの前のないハジキばっかりや。
一時、モデルガンの改造銃もはやったが、あんなもんじゃ危のうてケンカにならん。
下手に撃つと自分の手ぇぶっ飛ばしてしまう。
 前のないハジキゆうのは、一度も使ったことのない銃のこっちゃ。
ハジキの弾いうのは、一度ぶっ放すとその弾に、銃痕ゆう、人間でゆうたら指紋とおんなじもんがついてしまう。
だから一度でも犯罪で使われた銃は記録されてしまい、すぐにどこで使用された銃かが分かってしまう。
これじゃあ安心して使えん。こういう前のない銃でないとほんまもんといえん。
 ワシはいつも22口径のサイレンサー付きのハジキを肌身離さず持っておった。
寝る時はいつも枕の下や。なんで22口径かゆうたら、小さくて隠しやすい。
45口径ゆうたらそりゃゴツイし、人間なんか一発でいってしまうが、デカすぎるんや。
 一度、ホテルに泊まって、チェックアウトしたあとに、ハジキをベットに置き忘れてしもうて大騒ぎしたこともある。
もちろんハジキゆうのは日本じゃ持ってはいかんことになっとる。
テレビの刑事物や、ハードボイルド小説ゆうんか、あん中じゃハジキの話がよく出てくるが、
あんなもんウソばっかりや。
あんなボンボン撃てるもんでもないし、あんな簡単に人を殺せるもんでもない。
その証拠に、撃った人は分かると思うが、どだい当たらんもんじゃ。
夜店の射的じゃあるまいし、あないにうまく当たらん。
 けど、いくらハジキ揃えても練習せなならん。
それでワシらは、地理の知った奈良の山奥に入って、何度も何度も練習したもんや。
動いとるモノを撃つ練習いうんで、
高速道路に車を走らせてそこから標識なんかを狙い撃ちする事をやったこともある。
それでも当たらん。
当たらんと思うて撃ったのが当たったり、脅そうと思うて撃ったのが命中して殺してしまう。
それが現実や。
武闘派いうが、本心は怖いからハジキ持つんや。
 ほんまいうと、一時期はM16いうゴツイ自動小銃も持っておった。
けど、幸いゆうか、これは一度も使わんで済んだ。
その後で、あの元山口組系の組とコトを構えたが、もしあん時、
ワシがM16ぶっ放していたら、生きておれんかったやろう。
 道具いうのは、もろ刃の剣なんや。人を殺るいうのは、同時に自分も殺るいうこっちゃ。
これらの道具はその後の抗争事件で全部没収されてしもうた。
 ケンカいうのは度胸や道具の良しあしばかりじゃない。まず死を覚悟することや。
そないしたらどんなヤツともケンカできる。捨て身の人間ほど怖いもんはない。
ほんまにとんでもない世界や、ヤクザ社会いうのは。
頭のてっぺんに今でも残るハジキの傷
ハジキゆうたら、ワシが初めて鉄砲撃ったのは小学校4年の時や。
奈良の田舎町で柴犬を2匹飼っていた。その中のジローちゅう犬をかわいがっておった。
ほんまに寝食をともにするぐらいや。
毎朝、学校へ行く前に散歩に連れて行ったり、一生懸命世話しとった。
 近くに建設現場ができた。100人ぐらい働くデカイ飯場ができた。
そこに、これまたゴツイ、土佐犬がおった。
 ある日、ワシんとこのジローが、この土佐犬とケンカしてカミ殺されてしもうた。
実はオヤジが趣味で猟をしておった。ワシ、悔しうて悔しうて、
親父の持っとったブローニングの水平5連発ゆう猟銃を持ち出して、仕返しに行ったんや。
 その土佐犬の頭めがけて、オヤジの猟銃を一発ぶっ放した。そりゃ頭飛んでもうた。
うまく当たったのはええが、なにしろ小学校4年生の体や。
銃の反動で後ろにぶっ飛ばされ、頭や胸を強打して全治2週間のケガで入院してしもうた。
そりゃ、田舎町やから大騒ぎになった。
 これがワシが最初に銃撃った時の話や。そして最初にお巡りさんに調書取られたのもこん時や。
こんなガキやからヤクザもんになってしもいたんかもしれん。とんでもないガキやったんやなあ。
 ハジキゆうたら、危うく頭ぶっ飛ばされそうになった時もあった。
ワシの兄貴分が賭場開いておった。そこえ、ある組の者がイカサマやっとるとアヤつけてきた。
これを飲んだら信用問題や。ワシと兄貴分と若い衆二人ほどで、その話を受けた。
兄貴のとこの応接間に座って待っておった。
 そないしたら相手が3人、土足のままであがってきた。
「おのれのところ、イカサマさらしとるんやろう!」
兄貴が答える。
「何をぬかしとるんや!」
ワシも出遅れてなるものかと、口をはさんだ。
「あんたらなんじゃい。
人様の家に土足であがって、どういうこっちゃ!生きて帰れると思うてんのかい」
「なんじゃ、おんどれは誰じゃい」
「作法を知らん人間に何を名乗ることあるかい」
「なんや!」
というなり相手は38口径のハジキ出しよった。相手もいい玉や。けどワシかて負けておれん。
ワシはそいつのハジキをつかみにいった。ハジキぐらいでびびったらヤクザやっとれん。
そないしたら相手も勝手が違うと思うたのか、慌てたのか引き金をひきよった。
「バーン!」
銃声がワシの頭の芯に轟いた。
「なんや、おんどれ!」
応接セットのサイドボードのガラスの弾が命中した。えらい音がしよる。
一瞬、頭に焼け火バチでも叩きつけられたような衝撃が走った。
「こりゃ、頭いてもうたわ」と思いましたがな。
 けど、まだワシ息しとる。
それで相手のハジキ取り上げて窓の外にほうり出し、近くにあった灰皿を叩きつけてやった。
頭、血だらけになりながら、相手の3人半殺しにしてやった。
けど、ハジキの弾ほんまに、あと1センチ下がっていたら、ワシの頭ぶっ飛んでしもうていた。
 今でも、頭のてっぺんには、こん時の傷が残っている。治っても、毛が生えてこない。
知らん人には、「ネズミが走った跡や」と言っとる。
 けど、ほんまはハジキの弾がかすったんや。ハジキゆうのは、ほんまに怖いもんや。
けど、あん時、ワシがびびったら、確実に殺られてしもうていたやろう。

●19.親分に習って若い者も指詰め

 小指を2本詰め、1本は親分のところに持っていった。
もう1本を義理を欠いた四国のオジキに届けるために飛行機に乗った。
医者なんか行ってる間はない。指詰めたその日のうちに若い者連れて四国へ向かった。
 オジキのとこに行って、
「オジキ、誠に申し訳ありません。野球の金のことで詫び入れにきましたんや。
ヘタ打ったお詫びに指持ってきました。納めてください」
と謝り、白いハンカチに包んだ指を差しだした。
 うちんとこの若い者に、金持ち逃げされたなんて、恥ずかしゅうてよう言えない。
そのオジキもいい人やった。
「なんで指なんか詰めたんや。電話一本して、少し金の払いが遅れると言えば済んだやないか」
と言ってくれ、親分以上に同情してくれた。
 ワシ、そん時、500万円ぐらい持っていって、
「足らんけど、とりあえず納めてください。大阪に帰ったら、足らん分すぐ送りますから」
と頭を下げた。
確か、2000万円ぐらい足らんかったと違うかなぁ。
 オジキは、
「そんなもん、いらん。これはオレからの慰謝料や。客に払う金のことももう忘れろ。
ワシがちゃんとする。オレが兄弟分の若い衆の指もろうたゆうたら、あしたから極道やめないかん。
山本も極道しとったら分かるやろう。その指だけは受け取れん」とゆう。
 けど、ワシもせっかく切った指を持って帰るわけにはいかん。
「お願いですから、受け取ってください」
「いや、受け取れん」
とワシの指を間に押し問答や。結局、オジキの兄弟分が中にはいってくれた。
「兄弟も受け取ったらカッコつかんし、頭も死に指になってしまうがな。
ここはひとつワシが預かっておこう」と指を納めてくれた。
 その夜は、オジキにごっつい料亭に連れていってもろうたが、
目の前に並ぶ高価なマツタケやら伊勢エビも味わっとる余裕なんかない。
ただ座っとるだけで、詰めた小指の痛みがバーン、バーンと頭のシンまで突き上げてくる。
指詰めてからもう8時間ぐらいたっとる。痛みで他人の顔はふわふわとかすんで見えんようになる。
額から脂汗が出る。何を話しとるのか分からへん。
 そん時、オジキの若い衆が、
「頭、医者に行ったんですか?」
と聞いてくれた。ぼんやりとした目で、その人を見ると指がない。
やっぱり同じ経験をした人は気が付いてくれるんやなぁ。
 「まだです」と正直に答えると、
「なんちゅうやっちゃ、医者にも行かんと四国まで来たんか」
と大急ぎで医者に連れていってもらった。医者もびっくりしとった。
 これでワシもなかなかの男と認めてもろうたが、大阪に帰って驚いた。
空港に迎えに来たうちの若い者がみんな手に包帯をしとるやないか。
「どうしたんや?」と聞くと、
「親分が指詰めて、若い者の私たちにちゃんと指があるんじゃカッコつきませんがな」と言う。
 その場にいた若い者は12人。それにワシの指2本も合わせて14本の指がなくなってしもうた。
指詰めたかて、いいことなんか何もあらへん。
けど、若い衆は、どんなつまらんことでも親分の行動を美化する。
ワシはそん時、「人の上に立つ者は、判断だけは絶対に間違うてはアカン」とつくづく思うたんや。
指切り騒動始末記
 小指2本切って、なんとか始末はついた。けど、
金を持ち逃げしたガキ二人を捕まえんことには腹が収まらん。
 人探しゆうたら、ヤクザの組織ゆうか、捜査網は半端やないで。全国に電話1本で手配できる。
警察にも負けんぐらいや。
尋ね人がよく新聞に出とるが、あんなもん探すの組関係者やったら一発や。
ヤクザもんも、そのくらいは世の中の役に立ってもいいと思うが、
ワシんとこも金持ち逃げした1人の行き先はすぐに分かった。奈良に隠れとるゆう。
ワシは指がまだズキズキしとったが、マーキュリークーガーゆうアメ車、運転して探し倒したんや。
 ところが、そのガキもワシの性格はよう知っとるさかい、逃げ切れんと思うたらしく、
“死のう”と決心したようや。けど、死にきれん。
悩んで悩んで悩み倒して、ワシの親分のとこへ電話してきた。
 「ほんまにアホなことしてしまいました。指でも腕でも切りますさかい、
命だけは助けてください。頭に謝って下さい。」
こうゆうて泣きついたらしい。
 親分も絶対にワシが許さんことをよう知っとる。
けど、親分は、人がええゆうか、
そない言われて、さすがにワシが惚れた親分だけあって、情けを飲んだらしい。
 「よし、オレんとこに帰ってこい。頭にはオレが責任もって口きいてやる」
とそのガキに言ったらしいんや。ワシはそんなこと知らんから、血相変えて探し回っとった。
そないしたら、親分からワシに電話が入ってきて、
「アイツら許したれ」とゆう。
 「親分が許したれゆうたかて、今度ばかりは、なんぼ親分のことでも辛抱できまへん」
とワシ、初めて、親分に口答えしてしもうた。
「なにイッ、オレの言うことを聞けんのか!」
親分は猛然と怒り出した。そりゃそうや、どないな事情があるにせよ、親に逆らったんやから当然や。
 けどワシも言い出した手前、引っ込みがつかん。
「いくら親分の言うことでも、聞けることと聞けんことがありまんがな」
もうこないなったら、指は痛いし、やけくそや。
 親分の怒声が続いた。
「ワレ、親の言うこと聞かんのか!聞かんのやったら破門じゃ!」
「おう、上等じゃい!」ゆうてワシ、電話を叩き切ったんや。
ワシんとこの若い者のことは、ワシがけじめつける。たとえ親分かて、口出し無用や。
 いったんはカッとなったが、ワシの兄貴が間に入ってくれた。
そこで、金持ち逃げしたガキ2人が親分に泣きついたことがやっと分かった。
親分はワシにそんなことは一言も言わん。
親分はワシのことよりアイツら2人の方がかわいいんかと思うてたんや。
 親分の家に行ったら、憎たらしいことに探し回っとったガキ2人が正座しておった。
ワシはカーッとなってド頭カチ割ったろうと思うたが、辛抱した。
そりゃ辛い辛抱や。正面にはそいつらの小指2本が揃えられてあった。
 子分たちも指詰めて、ワシの指切り騒動は幕を引いた。
ヤクザいうのはほんまに因果な商売や。

●18.バクチの後始末で小指を詰める

ワシ、小指が2本ないんやが、実は、バクチの後始末で指詰めたんや。
その頃、本家の諏訪組と四国のある組織が、政治兄弟いうか、
同盟みたいなもんやが縁を組むことになった。
そういう時は諏訪組のだれかと、相手の組織のだれかが兄弟盃交わす。
それで、ワシの親分の淡路会の会長が、兄弟盃の相手に選ばれたいうわけや。
ワシの親分の兄弟ゆうたらワシのオジキになる。ワシもこのオジキには特に大事にしてもろうた。
そないしたら、オジキが「どんなシノギやっとる」とワシに聞いてくれた。
「野球やってまんねん」ゆうたら、「そうか、うちの客もやる」とゆうて大口の客を紹介してくれた。
四国からやから銀行振り込みや。銭ボンボン振り込んでくる。
ワシも勝ち金はしっかり払い込んでおった。
そないしておったら、ウチンとこの若い衆が、その金を持ち逃げしてしもうた。
3000万円はあったんとちゃうか。
しかも、そん時、運の悪いことに、四国の客がガッポリ勝ちよった。
金を持ち逃げした若い衆も負ける計算してへんのや。親も親なら子も子や。
 どない段取りしても、勝ち金が払い込めん。運悪く、翌日は土曜日やった。
土曜やから午前中までに払わんと義理欠くことになる。
ワシは懸命になって金策したが、そないすぐ何千万円もの現金あらへん。
バクチの金は、少し遅れても払ったからって済むもんやない。
カラスがカー、スズメがチュンが決まりや。
つまり、宵に勝ったバクチの金は、朝、一番に届けなならんちゅうことや。
このままやったら、四国の客に不義理するし、それ以上にオジキや親分のメンツ丸つぶれや。
金持ち逃げしたもん探す余裕もない。そないしてたらタイムリミット(銀行閉店)。や
 ヨシッ!ワシが腹くくるしかない。今、思うと事情を親分や四国のオジキに話したら、
わけなく許してもらえたろうが、ワシの性格がそれを許せん。
 そん時の精一杯の結論は、「身を捨てて浮かぶ瀬もあれ」というこっちゃ。
 ヘタ打って指切るのも、切った指で生かすこともある。
逃げたもんは後でつかまえてケジメ取ったらええ。
そないゆうても、やっぱり指切るときは、ドキドキした。それまで人の指切ったことはあったが、
自分のは初めてや。
 映画なんかじゃ、指切る作法みたいなもんがある様に思われているが、そんなええ格好ちゃう。
「オイ!台所から、まな板持ってこい!」
「大工の使うノミ買うてこい」とこんなもんですわ。
医者にも行かず四国へ飛ぶ
若い者に台所のまな板と大工の使うノミを用意させた。
小指に、「あんじょう成仏してくれ」
と心の中でつぶやいて、ちょっと口に含んで、湿り気をつけて、まな板の上にきっちりのっけた。
小指の第一関節にノミの刃をあてて、金ズチ持った若い者に、
「ヨシ、いったれ!遠慮せんと、目いっぱいひっぱたくんや」と腹の底から声を出した。
大きい声を出すんは、気合い入れるためや。けど、瞬間は目ぇつぶったんとちゃうか。
 そないしたら、小指が、ピューッと飛びよった。これが親分の分や。
ところが、飛んだ指が見つからない。どこへ行ったか分からへん。
「コラッ!痛いのに探さんかい!」
若い者に探しださせて、白いハンカチに包んで、もう一方の手の小指を出して、
「オイッ、次はこっちや」若い者はびっくりして、
「もうこっちだけは、やめといておくんなはれ」ゆうんですわ。
「エエイッ、切れ!こっちは四国のオジキの分や!」
こうと決めたら止められん。はんまに、ワシはアホな性格しとる。
 ところが、もう一方の小指は切っても、飛ばへんのや。
片一方は勢いよく飛んだが、同時にもう一本切ったら、それは飛ばへん。
人間の体ちゅうのは不思議なもんや。これは指切ったもんでないと分からん。
 痛いゆうが、痛いのなんて分からん。輪ゴム巻いて、止血して、包帯巻いたが、カッカッとうずく。
医者に行くのはカッコ悪い。若い者に痛み止め買いに行かせて、このまま四国へすぐ行くことにした。
若い者に飛行機の予約入れさせておいて、ワシはまず親分のとこへ先に行った。
 親分は、「なんやッ」とそれはびっくりしとった。
「親分、バクチの金を若い者に持ち逃げされて、四国のお客さんに払えなくなったんですわ。
えらい不細工なことで済んまへん」
そないしたら、親分、涙ポロポロ出して、泣きよるんじゃ。
「何でそんなことオレに言わへんのじゃ」ワシはワシで考えがあった。
金を持ち逃げしたガキら、捕まえて死ぬほどブチのめしたると。
「親分、ヘタ打ちました。とにかく四国へ先に行ってきまっさ。
親分の顔つぶさんようにちゃんと話してきまっさかい、辛抱しておくんなはれ」とそない言った。
親分は泣きながら、「バクチの金やったらオレが儲けた金がある。その金持っていけ」
と言ってくれた。
「そういうわけにはいきません」
「分かった。それでええ」親分の顔は、涙でグチャグチャやった。
 それで若い者一人連れて、四国へすぐに飛行機で行った。
手を心臓より下にしたら、うずいてしようがない。
両の手胸より上にかかげて、飛行機に乗ったら、みな見よる。みっともない話しや。